完成させる途中で、音の扱いを変える
録り直し、切り出し、ミックスのやり直し
1990年2月、西ロンドンのイーデン・スタジオで、ハッピー・マンデーズ(Happy Mondays)の「Step On」が録られた。1 プロデューサーのスティーヴ・オズボーン(Steve Osborne)が英国の録音専門誌Sound On Soundのトム・ドイル(Tom Doyle)に2020年に語ったところでは、彼が一度ミックスを仕上げると、バンドのマネージャー、ネイサン・マクガフ(Nathan McGough)が戻ってきて「It sounds too nice(きれいに聞こえすぎる)」と言った。完成までに、曲はもう一度ミックスされた。2 その年の春、「Step On」は全英5位に入り、バンドでいちばん売れたシングルになる。1 演奏を録り終えた後にも、曲の構成や、どの音がどこに聞こえるかは選び直せる。その選び直しは、誰の耳で、どの段階で、どんな道具で行われてきたのか。1964年のロンドンから、2024年に盤を出したバンコクのバンドまで、六つの録音の制作談を順に読んでいく。
弾かせてから、使う部分を選ぶ — 「Step On」
この曲の制作を任された二人は、それまでリミックスで名を上げていた。記事によれば、ポール・オークンフォールド(Paul Oakenfold)はDJとして、1988年にはロンドンのクラブHeavenで「Spectrum」という夜を開いていた。オズボーンはエンジニアであり、打ち込みも演奏もこなす人だった。オズボーンは、当時のリミックスはすべてテープの上で行ったと振り返る。卓を演奏するように動かしてハーフインチ幅のテープへ録り、良い部分を選んではつなぎ、少しずつ全体を作った。自動化(卓での音量などの操作を記録し、再生のたびに再現させる機能)には頼らず、ダブのようなやり方で卓を扱ったという。選択が決まるのは、そのテープに録った時点だった、と彼は言う。1
「Step On」は、米国のレーベルElektraの40周年を祝うカバー集のために、南アフリカのシンガー・ソングライター、ジョン・コンゴス(John Kongos)の1971年のシングル「He's Gonna Step On You Again」を録り直したものだ。2 セッションは三日間で、後ろの壁際には男たちが並んで踊っていた。あれほどのことはその後一度も無い、とオズボーンは言う。1
工程は、演奏を録ってから素材として扱い直すことの連続だった。最初はドラムのゲイリー・ウィーラン(Gary Whelan)に基本のグルーヴを叩いてもらい、マルチトラック・テープに録ってステレオにまとめ、サンプラーのAkai S1000へ入れた。ほかの部分も叩いてもらい、場合によってはループにしてサンプラーへ入れ、それを組み合わせてプログラムした。そこへ909のキックを足し、二つのグルーヴが押し合うようにしたという。2
曲の頭から鳴るピアノのリフ(記事の書き出しはこれを「ハウス風」と形容する1)も、選び取られた断片である。鍵盤のポール・デイヴィス(Paul Davis)の演奏は、MIDI、つまり音そのものではなく、どの鍵をいつ押したかという情報として、コンピューターのAtariに記録された。好きに弾いてもらい、欲しい箇所をつかんで編集する、というやり方だったとオズボーンは言う。仕上げのミックスの前には、マネージャーのマクガフが見つけたばかりのマンチェスターのソウル歌手、ロウェッタ(Rowetta)が一、二テイクで歌った。曲の終わりで長く伸ばす声は、オズボーンがその一音をサンプラーに取り込み、ループにして戻し、声が自分の上に重なるようにしたものだという。2
そのうえで、一度目のミックスが差し戻された。二度目に何を変えたのかは、記事には書かれていない。はっきりしているのは、「きれいすぎる」という判定を下したのが、演奏者でも卓を触る人でもなく、マネージャーだったことだ。ベースとキックの位置関係やギター・リフの採用はエッセイで、ライブラリの版に付く「2007 Remaster」の表示は再発の特集で扱った。ライブラリの版が1990年のどのミックスに当たるかは、配信の表示からは分からない。
同じ二人が続けて手がけたアルバム『Pills 'N' Thrills And Bellyaches』では、オズボーンは逆に、ほとんどの曲をバンドの演奏だけで組もうとした。ドラムにはヴァースとサビのグルーヴをそれぞれ何分も叩いてもらい、テープを切ってつないで構成を作った。何時間も編集を続けた末、フィルが間違った場所にあっても、もう編集はできない、でも気に入っていると残した箇所があるという。これはアルバムのほかの曲の話で、「Step On」の工程ではない。アルバムは録音からミックスまで10週間で作られ、オズボーンは、一部はまだ未完成に感じると言いながら、厳しい期限はたぶん良いことだとも話している。2
出来上がった版を退ける — 「You Really Got Me」
1964年のザ・キンクス(The Kinks)では、選び直しはミックスではなく、録音そのものをやり直す形で起きた。Sound On Soundのリチャード・バスキン(Richard Buskin)が2009年にまとめた記事から、日付を追う。レイ・デイヴィス(Ray Davies)は3月の第2週、ロンドン北部マズウェル・ヒルの実家のアップライト・ピアノでこの曲を書いた。3月18日にリージェント・サウンドでデモを録ったが、レーベルPyeが自社のスタジオでの録音を認めたのは6月15日になってからだった。記事はその理由を権利の手続きに求める。バンドの出版社Kassner Musicはまだ録音物にするための権利をPyeに渡しておらず、バンドは曲が録り直されるまで許諾を拒めた。Pyeが手元の録音をそのまま出せば、訴えられるおそれもあったという。3
6月にPyeで録った、遅くエコーの多い版をレイが退けた経緯は演奏と電子音の特集に書いた。プロデューサーのシェル・タルミー(Shel Talmy)は取材の時点で、遅い版も1位になっただろうと言いつつ、速くしたいと言ったレイは正しかったと振り返る。3 仕上がった録音が、作曲者の耳によって退けられた。
7月12日、バンドは独立系のIBCスタジオで二度目の版を録った。Pyeでは録音費をタルミーが負担していたので、最初の数枚は安いモノラルで録った。IBCでは3トラックで録れた。ドラムの多くのマイクを一つのトラックへまとめる録り方では、釣り合いは録る前に決めるしかなかった。タルミーは同じ取材で、トラック数に限りの無い今のエンジニアの多くは、どこかで決めなければならないことを分かっていない、と語っている。当時は、スタジオに長くいるのは下手なバンドの証拠だという考え方だった、とも言う。3
記事によれば、レイの自伝『X-Ray』ではテイクは二つだった。記事は二つ目が採用され、歌は三、四テイク録られたと書き、声を二重にするときは別の機械へ写している最中に歌を重ねた、というレイの回想も引く。3 一方、1976年に出たリッチー・ヨーク(Ritchie Yorke)のレッド・ツェッペリンの伝記本では、レイは発売されたのは三つ目の録音だったと語っている。デモ、Pyeの倉庫に残る二つ目、そして三つ目である。3 自伝の二つはIBCでのテイク、1976年の三つは録音の版で、数えているものが違う。IBCのテープは、のちにPyeのもとで失われた、とタルミーは言う。3 曲は9月に全英1位になった。歪んだギターの録り方は同じ特集とエッセイにある。ライブラリのデラックス版の曲がこの録音かは、配信の表示からは分からない。
いくつものミックスから、小節を拾う — 「Odessa」
2010年1月にシングルで出たカリブー(Caribou)の「Odessa」は、同じ年の4月に出たアルバム『Swim』の1曲目になった。4 カリブーは、カナダのダン・スナイス(Dan Snaith)の名義である。英誌Attackのオリヴァー・カリー(Oliver Curry)は2013年の記事で、この盤ではミックスが作曲や録音から切り離された工程だったと書く。スナイスは過去に自分を「寝室のプロデューサー」と呼んだことがあり、北ウェールズのブリン・デルウェン・スタジオへ、デイヴィッド・レンチ(David Wrench)とのミックスのために持ち込んだとき、アルバムはもう書き上がり、録り終えていた。4
2015年のSound On Soundの取材によれば、レンチはそのブリン・デルウェンでエンジニアとして腕を磨いた人で、1990年にはウェールズ語で初めてのアシッド・ハウスの12インチを出してもいる。二人の仕事は2007年のアルバム『Andorra』から始まり、『Swim』のミックスをウェールズのこのスタジオで行ったのはレンチの提案だった。それまでスナイスは、自分でミックスしてきた。スナイスは、次に何を変えればいいかとレンチに尋ねたら、声のトラックにホールの残響をかける前に、自宅の窓の外を通るバスの音を編集で取り除くよう言われた、と振り返る。5 自宅で重ねた録音が、別の人の卓で聞き直されていた。
「Odessa」について、レンチはカリーに、初めて聴いたときから盤の中心になる曲だと分かったと話す。最初にミックスした曲で、アルバム全体のミックスに一週間ほどかけたうち、少なくとも二日をこの一曲に使った。いくつかのサブミックス(一部の音をまとめたもの)はいったんハーフインチ幅のテープに録って音に色を付け、全体をコンピューターのPro Toolsへ戻した。カリーは、この基本のミックスが出来上がってから本当の仕事が始まった、と書く。4 公式Bandcampの曲ページにも「Mixed by David Wrench」とある。6
レンチによれば、その先は、いじって遊ぶ時間だった。途方もないダブ・ミックスを何本も作り、聴き返しては、このミックスのこの小節がいい、本ミックスに刻んで入れよう、と決めていった。出来上がった本ミックスは、いくつもの版をつなぎ合わせたコラージュだという。のちにリミックスとして出た「Drumapella」は、彼がドラムをいじっていただけのもので、そのときはリミックスを作っているつもりもなかった。7 Sound On Soundの取材でも同じ手順が語られている。そこでのスナイスの記憶では、レンチはキリル文字のボタンが並ぶ古いロシアのディレイを持ち出し、ドラムのトラックにかけて即興で動かしていた。二人とも音を大きくして部屋を跳ね回り、レンチはキング・タビー(King Tubby)風にダブを施していったという。5 Attackの取材でもレンチは、eBayで買ったソ連時代のディレイを挙げ、正体はよく分からない、何が起きるかはやや運任せで、ミックスを録りながらいじっていたと話す。写真説明はそれを、「Odessa」で多用したソ連製のEKO 100と記す。7
残響やディレイにも自動化が多く施された。一部は最初から施されていて、そこへさらに足した、とレンチは言う。7 カリーの記事は、こうして加わった一瞬の効果を、2分27秒、2分32秒、3分2秒といった時刻付きで挙げ、テープ・ディレイや大きな残響が歌の一語や一行にだけかかる箇所として描いている。7 仕上げの手は、盤を刻む段階にも及んだ。レンチによれば、アルバムにはベースが左右に大きく動く箇所があり(「Odessa」ではそれほどでもないという)、何か所ものマスタリングの現場にレコードには刻めないと断られた末、ドイツのCalyxが引き受けた。7 発売当初の反応はおおむね好意的だったが、レンチには期待したほど広がらなかったように思え、九か月ほどたってから一気に広まったと振り返る。7 音量の動かし方と、一年後のクラブで聴いた手応えはエッセイにある。スナイスの2005年の曲は「Bees」のエッセイで、ダフニ(Daphni)名義との関係は別のエッセイで扱っている。
指とかみそりで、ダブを組む — 「Sugar Water Dub」
ホリー・クック(Hollie Cook)のデビュー・アルバム『Hollie Cook』は、2011年の夏に出た。公式Bandcampの紹介文によれば、制作は友人のマイク・ペランコーニ(Mike Pelanconi)、名義はプリンス・ファティ(Prince Fatty)で、デニス・ボーヴェル(Dennis Bovell)やホースマン(Horseman)らも参加している。同じページは、ホリーをパンクとレゲエのバンド、ザ・スリッツ(The Slits)の元メンバーと紹介する。8 2012年10月、United Reggaeのエリック・マグニ(Erik Magni)の取材でファティは、先に「Milk & Honey」を作り、ふさわしい声が来るのを待っていたところにホリーが現れ、2テイクで歌い切ったと語った。9 伴奏が先にあり、声は後から来た。
同じ年、ファティはこのデビュー盤のダブ版を出した。9 Bandcampの『Hollie Cook In Dub』では10曲すべての題に「Dub」が付き、9曲目が「Sugarwater Dub」である。紹介文に引かれたファティの言葉によれば、ダブ版では本物のテープ・エコーと深いスプリング・リバーブを使い、歌の版では隠れていたメロディカや打楽器、ホーンといった別の音を表に出した。すべてのダブは彼のスタジオでライブでミックスした。1970年代のジャマイカでキング・タビーらが広めたやり方で、自動化のためのコンピューターではなく、指と夜更けの気分で、そして「re-arranged with a razor blade(かみそりの刃で組み直した)」のだという。10 かみそりの刃は、磁気テープを切ってつなぐ編集の道具である。レンチが「Odessa」で音量の自動化を重ねていたのに対し、ファティは同じダブという言葉を掲げながら、コンピューターによる自動化を使わなかったと明言している。
マグニの取材でファティは、演奏はすべて本物のドラムやピアノ、オルガン、ギターで生で録ると話す。機材の多くは1970年代のもので、90年代の終わりにBBCが処分したものを引き取り、今もテープ・マシンを使っているという。MCと組むライブでは自分が選曲とダブの仕掛け役だと言い、ホリーについては、卓でダブを施し、サイレンも鳴らせると話す。二人の共通の好みとして挙げたのは、Volcanoや Metro Mediaといった80年代初めのサウンドシステムのテープだった。9
Apple Musicの編集部の紹介文は、このダブ版が、日の光を浴びたようなホリーの曲の陰に潜む不穏な響きを引き出すと書き、「Sugarwater Dub」の低い音や水の中のような効果音を、デニス・ボーヴェルの80年代初めの実験的な制作になぞらえる。11 評者が比較に持ち出したボーヴェルは、元の盤の参加者の一人でもある。ライブラリには、「Milk & Honey」と「Sugar Water」の歌の版と、それぞれのダブ版が入っている。十年余りのち、2024年時点のファティのスタジオのページは、他の作り手からステムを受け取り、オンラインで話し合ったうえで、一日をかけてダブ・ミックスを作る仕事を請け負うと案内している。12 曲ごとの評と盤の方針の読み分けはエッセイで、テープ・エコーとスプリング・リバーブの仕組みはダブのガイドで扱った。
版を重ね、磨き続けない — 「ON&ON」
2024年2月、ミュンヘンのレーベルPublic Possessionから『Burns & Tubbs Vol.III』が出た。13 ニュージーランドのDJ、クリストファー・タブス(Christopher Tubbs)と、彼より25歳ほど若いエデン・バーンズ(Eden Burns)の三曲入りの12インチで、B面を「ON&ON」の二つのミックスが占める。1314 Newzicianのフリン・ロブソン(Flynn Robson)の取材で、バーンズは二人の作業場を「僕の寝室」と呼び、タブスが案を出し、自分がAbletonの上であれこれ試すと話す。タブスは、ソフトを覚えるのは自分には無理だと言い、バーンズの手の速さを、念力を見ているようだと表す。13
ネイサン・ヘインズ(Nathan Haines)が吹き込んだフルートを刻んだ経緯は録音を材料にする特集に書いた。ここで見たいのは、その後の時間である。バーンズによれば、二人はこの曲で一年は行き来を続けたはずで、ある日急にまとまったという。彼の考えでは、なるべく多くの版を作って、良くなりそうかを早く見極めるほうがいい。良くないものに足し続けて磨くのがいちばん悪い、と彼は言う。13 版を増やすことは、捨てる候補を増やすことでもある。
残った二つの版は、置かれる時間帯が違う。ロブソンは二つのミックスを、似ても似つかないものと書いた。13 Test Pressingのマーティン・ペペレル(Martyn Pepperell)は、テンポとシャッフルを上げたBullet Train Mixを、ピークタイム向きかもしれないとした。14 同じ取材でタブスは、結局のところ自分はクラブのDJだと言い、前座のDJの仕事は、場の空気を作って煮立たせておく技芸だと語っている。13 評者が夜の頂点に置いた版の隣に、夜の早い時間を大事にするDJの名がある。二人の聴き方の話はエッセイにある。
仕上がったはずの盤に、手を入れ続ける — 「Jai Dum」
The Paradise Bangkok Molam International Bandの三作目『Araya Lam』は、2024年9月19日に出た。15 2019年に録り始め、ロックダウンで止めてから二年をかけて手直しし、ミックスからやり直した経緯と、ロンドンのニック・マナセ(Nick Manasseh)との遠隔の作業は、演奏と電子音の特集で扱った。ここでは、タイの音楽サイトThe Real Cosmosの2024年11月26日の取材(聞き手McKee)で、マフト・サイ(Maft Sai)が話したその先を見る。16
2023年になって出せると思ってからも、使った効果音や音色を少し直した。マフト・サイはこれを、出来上がった後にも手を加える時間をかけたアルバムだと言う。レコードの原盤を切る段階では、一秒でもプチッという音が入れば切り直さなければならず、何百回も聴いたという。16 盤に入らなかったものもある。録った曲は発売した曲より多く、変わった版も手元にあるという。取材では「Pim Jai Lam Plearn」にも二つの版があり、より伝統的な方はまだ取ってある、と語られている。16 仕上げの時間はジャケットにも使われた。木版で全員の顔を彫ってみたが少し奇妙に見えたので、写真と木を組み合わせ直したという。取材の冒頭で聞き手は、バンドがその年の「Maho Rasop」で、もっとも印象に残る公演の一つを見せたばかりだと書いている。16
聞き手がソーと思った「Jai Dum」の音が、鍵盤とメンバーの声だったという答えは、エッセイと演奏と電子音の特集で読んだ。その声がどの段階で加わったのかは、この取材でも語られていない。16
ラジオから流れる二度目の版
記事によれば、オズボーンが今この曲を耳にするのはラジオでかかるときくらいで、記者はそれがよくあると添える。オズボーンは、運転しているときや出先で流れてくると、笑って、いいね、と思うと話す。2 1990年にマネージャーの一言で差し戻され、もう一度まとめられた版は、三十年後、作った本人のもとへラジオの向こうから届いていた。
この特集の曲
- Step On - 2007 Remasterハッピー・マンデーズ2024年8月1日 追加
- You Really Got Meザ・キンクス2023年1月19日 追加
- OdessaCaribou2023年2月23日 追加
- Sugar Water DubHollie Cook2024年10月3日 追加
- Milk & HoneyHollie Cook2024年10月6日 追加
- ON&ON feat. Nathan Haines - Original MixEden Burns、Christopher Tubbs、Nathan Haines2024年2月17日 追加
- Jai DumThe Paradise Bangkok Molam International Band2024年9月22日 追加
出典・注
[1] Tom Doyle, Classic Tracks: Happy Mondays 'Step On', Sound On Sound, 2020年4月(第1頁)。1990年2月のイーデン・スタジオでのセッション、三日間と踊る人々(オズボーン談)、1990年春の全英5位とバンド最大のシングル(記者の地の文)、ピアノ・リフの形容(記者)、オークンフォールドとオズボーンの経歴、テープの上でのリミックスの手順(オズボーン談。「Wrote For Luck」などのリミックスについてで、「Step On」の工程ではない)。
[2] Tom Doyle, Classic Tracks: Happy Mondays 'Step On'(第2頁), Sound On Sound, 2020年4月。Elektraのカバー集とコンゴスの原曲、ドラム・ピアノ・ロウェッタの声の工程、二度のミックスとマクガフの一言(直接引用はオズボーンが伝えるマクガフの言葉)、アルバムでのテープ編集と10週間の期限(アルバムのほかの曲について)、ラジオで耳にするという結び(ラジオでよくかかることは記者の地の文、運転中や出先の話はオズボーン談)。二度目のミックスで変えた内容は書かれていない。ライブラリの「2007 Remaster」との対応も書かれていない。
[3] Richard Buskin, Classic Tracks: The Kinks 'You Really Got Me', Sound On Sound, 2009年9月。作曲の時期と場所、3月18日のデモ、6月15日のPyeでの録音と権利をめぐる記者の説明、Pye版へのレイの後年の評とタルミーの談話、7月12日のIBC、モノラルと3トラック、ドラムのまとめ方とタルミーの談話、テイク数(記事が引く自伝『X-Ray』)と採用テイク・歌のテイク数(記者の地の文)、声の重ね方(レイの回想)、リッチー・ヨークの1976年の伝記本でのレイの発言、テープの紛失(タルミー談)、9月の全英1位。ライブラリの『Kinks (Deluxe)』収録版との同一性は確認していない。
[4] Oliver Curry, The Breakdown: Caribou – 'Odessa', Attack Magazine, 2013年3月24日(第1頁)。シングルとアルバムの発売月、ミックスが別工程だったこと(記者)、ブリン・デルウェン・スタジオ、レンチの談話(最初にミックスした曲、少なくとも二日)、ハーフインチ・テープとPro Tools、基本のミックスの後に本当の仕事が始まったという記者の書き方。
[5] Tom Doyle, David Wrench: Mixing Caribou, FKA Twigs & Jungle, Sound On Sound, 2015年1月。レンチの経歴とブリン・デルウェンでの仕事、『Swim』をそこでミックスしたのがレンチの提案だったこと(記者)、『Andorra』からの協働とスナイスが自分でミックスしてきたこと(レンチ談)、バスの音の逸話と、「Odessa」のミックスでのロシア製ディレイとキング・タビー風のダブ(スナイス談)、ミックスを決めてステムにした後のダブ・ミックス(レンチ談)。同記事の『Our Love』(2014年)をクラブで確かめた話は本特集では使っていない。
[6] Odessa, Caribou公式Bandcamp。「released April 20, 2010」「Mixed by David Wrench.」の表示。
[7] Oliver Curry, The Breakdown: Caribou – 'Odessa'(第2頁), Attack Magazine, 2013年3月24日。ダブ・ミックスと小節の切り出し、本ミックスをコラージュと呼ぶ談話、「Drumapella」、自動化についての談話、ディレイ装置についての談話と写真説明(EKO 100の名は写真説明による)、時刻付きの効果の記述(記者の聴取による記述で、本特集の書き手は聴いていない)、アルバムのレコード化とCalyx(アルバム全体の話)、発売後の反応。いずれも「Odessa」の個別の小節や設定を特定するものではない。
[8] Hollie Cook, Hollie Cook公式Bandcamp。2011年夏のデビュー盤という紹介文、プリンス・ファティの制作、参加者(盤全体の紹介で、曲ごとの参加は書かれていない)、ザ・スリッツの元メンバーという紹介。
[9] Erik Magni, Interview: Prince Fatty, United Reggae, 2012年10月5日。デビュー盤のダブ版をその年に出したこと(記者)、「Milk & Honey」を先に作って声を待ち、2テイクで歌われたこと、生の録音と1970年代の機材、舞台での役割、80年代初めのサウンドシステムのテープ(ファティ談)。
[10] Hollie Cook In Dub, Hollie Cook公式Bandcamp。曲目(9曲目「Sugarwater Dub」)、紹介文に引かれたプリンス・ファティの言葉(直接引用)。発売日の表示は「January 1, 2012」。言葉は盤全体の方針で、「Sugarwater Dub」での操作箇所を示すものではない。
[11] Hollie Cook in Dub (Prince Fatty Presents), Apple Music(編集部の紹介文、署名なし)。盤全体の評と「Sugarwater Dub」の比喩(ボーヴェルの制作になぞらえるのは評者の聴き方)。
[12] Studio, Prince Fatty公式サイト。ダブ・ミックスの請負の案内(ステム、オンラインでの話し合い、一日の作業)。機材表は2024年4月時点とある。2012年のダブ版の作り方を示すものではない。
[13] Flynn Robson, TWOMINDS Preview: Burns & Tubbs, Newzician(Newzician Magazine Issue 3、2024年の再掲)。二人の紹介、Vol. IIIの発売月とPublic Possession、作業の分担(両者の談話)、「ON&ON」に一年かかったこと、版を多く作るという考え(バーンズ談。後者は彼の一般的なやり方の話)、二つのミックスの対比(記者)、タブスのDJとしての談話。
[14] Martyn Pepperell, Burns & Tubbs 'Burns & Tubbs Vol.III', Test Pressing, 2024年3月2日。三曲入りの12インチ、二つのミックスの評(評者の聴き方)。
[15] Araya Lam, The Paradise Bangkok Molam International Band公式Bandcamp。「released September 19, 2024」の表示のみ使用。
[16] McKee, คุยกับ The Paradise Bangkok Molam International Band ถึงเบื้องหลังความม่วนของอัลบั้มล่าสุดของพวกเขา 'Araya Lam', The Real Cosmos, 2024年11月26日(タイ語)。マフト・サイ(取材では愛称「นัท」)の談話:制作の経緯、2023年以後の手直し、原盤のカッティング、未発表の曲と版、「Pim Jai Lam Plearn」の二つの版(話者表示は直前のマフト・サイから続く位置で、明示は無い)、ジャケット、冒頭の聞き手の文(Maho Rasop)、「Jai Dum」の声を加えた時期が語られていないこと。訳は要約。制作の経緯(2019年〜ミックスのやり直し)は本文では一文に圧縮し、詳細は演奏と電子音の特集に委ねた。