評者が聴いた「バンド」と、一人の部屋
2005年5月、PopMattersのエイドリアン・ベグランド(Adrien Begrand)は、カリブー(Caribou)の「Bees」を、5分に及ぶくつろいだジャムと書いた。60年代のガレージやブルース・ロックのグルーヴを軸に、印象的なリコーダーのソロがあり、弦のサンプルと、ダン・スナイス(Dan Snaith)の雷のようなドラムのフィルが割って入る、という評だ。彼はこの曲を、サンプルから素朴なバンド演奏へ移った曲の一つに数えた。1 同じ月、Drowned in Soundのサム・ルイス(Sam Lewis)も、冒頭のリフはそれまでの作品にはなかったのに、ずっとこうしてきたかのように聴かせる、と書いている。2
一方、その前の月にEye Weeklyのスチュアート・バーマン(Stuart Berman)は、スナイスが2003年から04年の大半をバンドとの巡業に費やしながら、このアルバムはロンドンの自宅で一人で組み上げた、と書いた。3 評者が聴いた「バンド」は、どこから来たのか。
名前を替えた最初の一枚
『The Milk of Human Kindness』は、それまでマニトバ(Manitoba)の名で2枚のアルバムを出してきたスナイスが、カリブーの名で出した最初のレコードだ。3 Drowned in Soundの表示では、2005年4月18日にLeafから出ている。2 名前を替えたのは、元ディクテイターズのハンサム・ディック・マニトバ(Handsome Dick Manitoba)から、名前の使用をやめるよう求める書面を受け取ったからだった。バーマンの取材でスナイスは、戦う余裕もなく、嫌な相手と2年も争いたくはなかったと話し、こう続けた。
"That really refocused me on the music."(それで本当に、音楽に集中し直せた)3
弾いていないギターとドラム
同じ年の12月、Perfect Sound Foreverのキース・ウォレス(Keith Wallace)は、レコードは本人とコンピューターだけで作るのに、舞台で再現するのは難しくないのか、と尋ねた。スナイスの答えは、自分がサンプリングしているものの多くはギターやドラムで、自分でギターやドラムを弾いているわけではない、というものだった。舞台では曲を分解し、自分たちが演奏するのに向いた部分と、伴奏のトラックに載せる部分を決めるという。4 さらに、このアルバムがそちらへ寄ったのは、前のアルバムの曲をライブでやりながら、もっと反復的で「クラウト」っぽい曲にしたいと思ったからだ、とも話している。4
同じ記事の紹介では、舞台のスナイスはギター、鍵盤、電子機器、リコーダー、メロディカ、グロッケンシュピールを持ち替えていた。4 ライブの経験が一人の部屋での制作に向きを与え、そのレコードに、評者はバンドを聴いた。「Bees」をジャムと呼んだ評者の耳は、この循環の最後の段にいた、と私は読む。
同じ取材でスナイスは、自分は全く歌えないと言い、声は主役ではなく編曲の一部としての楽器だと話していた。4 20年後の2025年、スナイスは、二つの名義をずっと分けてきた大きなものの一つが自分の声だと説明している。5 ダフニの側から見た話は「Hang」のエッセイにある。
出典・注
[1] Adrien Begrand, Caribou: The Milk of Human Kindness, PopMatters、2005年5月3日。アルバム評。「Bees」の形容は評者のもの。
[2] Sam Lewis, Caribou - The Milk Of Human Kindness, Drowned in Sound、2005年5月12日。アルバム評。レーベルLeafと発売日18/04/2005の表示。
[3] Stuart Berman, A conversation with Dan Snaith from 2005, stübermania!(筆者のニュースレター)、2026年2月20日。Eye Weekly掲載記事の再録(再録の表示は2005年4月13日)と、2026年の前書き。改名の経緯と本人の発言(直接引用はここから)、自宅での制作は記者の記述。最初のカリブー名義の盤という記述は前書きから。
[4] Keith Wallace, Caribou, Perfect Sound Forever、2005年12月。巡業中の取材。舞台の楽器は記者の紹介、ほかは本人の回答。盤全体についての話で、「Bees」への言及はない。
[5] Hattie Lindert, Daphni announces first new album since 2022, Butterfly, Resident Advisor、2025年11月12日。二つの名義を分けてきたものは自分の声だという本人の説明。