演奏と電子音の仕事を分けてみる
楽器を鳴らす人と、録音を作る人
1964年7月12日、ロンドンのIBCスタジオで録られたザ・キンクス(The Kinks)の「You Really Got Me」で、ドラムを叩いたのはバンドのドラマーではなかった。英誌Sound On Soundのリチャード・バスキン(Richard Buskin)が2009年にまとめた記事によれば、スタジオで叩いたのはセッション・ドラマーのボビー・グレアム(Bobby Graham)で、タンバリンはプロデューサーのシェル・タルミー(Shel Talmy)自身が振ったとされる。そのタルミーは、ギターを習いはしたが「I'm a good enough producer to never want to record myself(自分を録りたいと思わない程度には、良いプロデューサーだ)」と話している。1 録音を作る側に徹すると言う人が、ヒット曲の中で打楽器を一つ鳴らしたとされる。楽器を鳴らす人と録音を作る人は、どこで重なり、どこで分かれるのか。この特集では、1964年のロンドンから2020年代の兵庫県まで、六つの録音のクレジットと制作談を順に読む。クレジットには、performed by(演奏)、produced by(制作の統括)、programming(打ち込み。音を鳴らす順序や長さを機械に組み込む仕事)、mixed by(録った音を一つにまとめる仕事)といった役割が並ぶ。それぞれの表示が何を言い、何を言わないのかに注意しながら進めたい。
アンプの前と、卓の前 — 「You Really Got Me」
バスキンの記事は、この曲を四十年以上「誰が何を弾いたのか」をめぐる噂と論争に包まれてきた録音として紹介する。1 バンドは歌とリズム・ギターとピアノのレイ・デイヴィス(Ray Davies)、リード・ギターの弟デイヴ(Dave Davies)、ベースのピート・クウェイフ(Pete Quaife)という顔ぶれで、1963年12月にドラマーを解雇した。翌1964年1月、スタジオでの演奏のためにタルミーがグレアムを呼び、ミック・エイヴォリー(Mick Avory)が正式に加わるのはその後である。1
曲はレイが同じ年の3月、実家の表の部屋のアップライト・ピアノで書いた。レイは、当時好きだったジャズ風の曲にしたくて、もとはサックスの旋律を軸に書き、デイヴがそれを歪んだギターで弾いて曲を一歩先へ進めた、と回想している。2001年の取材では、書いたときはブルースの曲にしたかったと言い直してもいる。1 デモの後、レーベルPyeの新しいスタジオで録った版は、発売されたものより遅くブルース寄りだったが、レイはエコーの多い仕上がりを過剰な制作だと嫌い、生々しい音を求めた。二度目の録音の場所に選ばれたのが、独立系のIBCだった。タルミーは、Pyeの重役に背後から見張られずに済む場所へ移りたかったと振り返る。1
歪んだ音色には、二人の手が入っている。デイヴはHarmony Meteorというギターを、スピーカーのコーンをかみそりで切り、編み針で穴をあけた小さなElpicoのアンプにつなぎ、さらにVox AC30へ送っていた。タルミーはリフについて、最初にスタジオで弾いたときからあったデイヴの発明だと認める。そのうえで彼は、アンプに二本のマイクを立てて卓の二つのフェーダーに上げ、片方に強いリミッター(音量の上限を抑える処理)をかけ、その音量をもう片方のすぐ下に保って荒さを強めたと説明する。ドラムにはスネアの上と下、バスドラムの中、タムごと、ハイハット、シンバル、頭上の二本とマイクを立て、録音の前にそれらの釣り合いをとって一つのトラックへまとめたという。1 アンプに刃を入れたのは奏者で、その音を卓で重ね直したのはプロデューサーだった。
役割の境目がいちばん揺れているのは、リズム・ギターである。タルミーと、この曲で鍵盤を弾いたジョン・ロード(Jon Lord)は、当時セッション・ギタリストだったジミー・ペイジ(Jimmy Page)がリズム・ギターを弾いたと述べてきた。ペイジとレイはそれを否定し、記事の取材時点のタルミーは、ペイジがいたかどうか確信がないと言う。リードをデイヴが弾いたことでは、全員の話が一致している。1 同じ録音の関係者が、半世紀近く別々のクレジットを記憶していることになる。
当時の英国の音楽は行儀がよいと評されていて、自分が持ち込んだのは行儀の悪い音だった、とタルミーは語る。1 米国の音楽誌Tape Opは、彼が86歳で取材に応じた後、2024年12月に亡くなったと記す。2 なお、ライブラリに入っているのは『Kinks』のデラックス版に収められた版で、それが7月12日の録音と同じものかは、配信の表示からは確かめられない。エッセイでは、アンプの回想と二つのチャンネルの録り方を扱った。
名前は盤に並ぶ — 『MKWAJU』
1981年の日本の盤には、参加者の名前は伝わっていても、曲ごとの担当が見えない例がある。2018年に再発したWRWTFWWの紹介は、1981年2月と3月に録音された『MKWAJU』で、高田みどりが打楽器でアンサンブルを率い、久石譲がプロデュースとシンセサイザーを担ったと書き、参加者にYoji Sadanari、Hideki Matsutake、Junko Arase、Peckerの名を挙げる。3
英誌Crackのエイミー・アームストロング(Aimee Armstrong)は同じ年、このアンサンブルを高田、Junko Arase、Yoji Sadanariの短命な三人組で、1981年に二枚を出して解散したと紹介し、『MKWAJU』を久石が初めてプロデューサーとして名を記された盤と書いた。4 The Vinyl Factoryによれば、発売はもう一枚の『KI-Motion』より数か月遅いが、高田が最初に録音したアルバムはこちらだという。5
これらの紹介から分かるのは、打楽器奏者の高田が率いる三人組の盤に、制作を統括しながら電子音も鳴らす人が加わったということだ。一方で、MatsutakeやPeckerが何を担当したかは、どの紹介にも書かれていない。タイトル曲「Mkwaju」でシンセサイザーを弾いたのが誰か、久石の制作の手がどこまで及んだのかも、曲単位では読めない。WRWTFWWは盤の中身を、踊りの場に向く打楽器曲から映画的なアンビエントまでと形容している。3 その幅を、曲ごとの役割表へ割り振ることはここではしない。エッセイも、盤全体の紹介として読んでいる。
部屋を借り、奏者に頼む — 「Freedom」
2023年1月20日に出たフォラモール(Folamour)の「Freedom」では、曲単位の表示が細かい。フランスのDJ、プロデューサーであるフォラモールの経歴と、この曲への評はディスコの特集に書いた。ここでは制作の分担だけを見る。配信サイトQobuzの曲別表示で、フォラモールは作曲、作詞、プロデュース、演奏に名を連ねる。トランペットにハンス・ファン・ウィンゲルデン(Hans van Wingerden)とデイヴィッド・マスト(David Mast)、録音エンジニアにダニー・サイクス(Danny Sykes)、ミックスにバスティアン・ドレミュス(Bastien Doremus)、マスタリングにアレックス・ゴーファー(Alex Gopher)の名がある。6
MusicTechのサム・ウィリングス(Sam Willings)による2023年5月の取材は、分担の背景を伝える。フォラモールのふだんのスタジオは自宅にあり、本人は「DIY的」と呼ぶ。アルバム『Manifesto』の何曲かのために、彼はオランダのWisseloord Studioへ出向き、三週間を過ごした。本格的なスタジオで時間を持つのは初めてで、音を正確に鳴らすモニター・スピーカーと、弦やブラスを録れるマイクと大きな部屋があったという。記事は、「Freedom」のサビのホーンと、ピッチを下げた彼の声のパートがそこで録られたと書く。フォラモールはその期間の収穫として、「top-level musicians, and being to direct them(一流の奏者たちと、その人たちを導くこと)」を挙げた。7
記事によれば、彼はサンプルを減らし、自分で楽器を弾くことを増やした。他人の仕事を自分の主張に流し込むようで窮屈だった、と本人は言う。一方で、自分の声を録るたびに、まだ正統な歌い手ではない気がして初心者のように緊張するとも言う。7 曲別の表示と合わせると、彼は歌い手でもあり、奏者に方向を示す人でもある。そして録音とミックスの卓には、別の名がある。どのトランペットがどの箇所か、サイクスがWisseloordで録ったのかは、表示にも記事にも書かれていない。エッセイは、部屋と選曲会議という二つの場面からこの曲を読んでいる。
打ち込む人が、まとめる — 「Out of Touch」
2023年8月30日、First Word RecordsとHeavenly Sweetnessは、スーレアンス(Souleance)とキット・セバスチャン(Kit Sebastian)の「Out of Touch」を出した。レーベルは、アルバム『Beautiful』からの三枚目のシングルと紹介し、98 BPM(一分に98拍)の太いグルーヴに、キット・マーティンのギターとサズ(長い棹の弦楽器)、メルヴェ・エルデムの声が乗る曲と書いた。世界のオルタナティヴなディスコのために作られた、とも結んでいる。8
クレジット欄は一行ずつ役割を分ける。歌はメルヴェ、ギターとサズはキット・セバスチャン、ベースとシンセとビートとドラムのプログラミングはフルジャンス(Fulgeance)、スクラッチはソウリスト(Soulist)、ミックスはフルジャンス。マスタリングはロンドンのThe Carveryでフランク・メリット(Frank Merritt)が担当した。8
スーレアンスは二人組である。2014年、パリのウェブ媒体Couvre x Chefsの取材でフルジャンスは、ソウリストをパリのパーティー「What The Funk」のDJ、自分をレーベルMusique Largeの作曲家、演奏者と紹介した。同じ取材で、EP『Jogar』でベースを弾いたことを聞かれ、弾いたのは一曲だけだと答えたうえで、今後は生の録音と楽器をもっと入れたいが、時間と準備がかかると話している。スーレアンスを生のバンドにするのは理想だが大仕事だ、とも言った。9
九年後の「Out of Touch」では、生の弦と声は客演の二人が持ち込んでいる。キット・セバスチャンは、マーティンの話では、トルコ語の響きに惹かれていた彼が、ロンドンのトルコ人向けのFacebookグループで歌い手を探し、移ってきたばかりのエルデムが応えて始まった二人組だ。10 マーティンはロンドンのギルドホール音楽院で作曲を学んだ多楽器奏者で、エルデムはトルコで生まれ育ち、ローマで映画を学び、米国の美術館で働いたのちロンドンへ来た。11 フルジャンスの側は、ベース、シンセ、ビートとドラムのプログラミング、そして全員の音をまとめるミックスに名前がある。DJのソウリストのスクラッチが演奏の一行として数えられているのも、この曲の表示の特徴だ。レコードを手で動かす音は、ここでは楽器の音と同じ並びに置かれている。同じ作り手の曲で、歌と打楽器と電子音の担当が並ぶ例は、「Koul Dan Mon Do」のエッセイにある。この曲そのものの担当の重なりはエッセイで扱った。
DJが始めたバンドの、表示の移り変わり — 「Jai Dum」
The Paradise Bangkok Molam International Bandの土台になったParadise Bangkokというパーティーは、演奏者より先にレコードから始まった。2014年のデビュー盤の紹介によれば、2009年、DJのマフト・サイ(Maft Sai)とクリス・メニスト(Chris Menist)が手持ちのレゲエ、アフリカ、ジャズ、タイのレコードを持ち寄り、最初の「Paradise Bangkok」のパーティーを開いた。2012年に生まれたバンドは、もともとパーティーで歌う往年のルークトゥンやモーラムの歌手の伴奏のために集められたという。紹介文はどちらも地方の大衆音楽と説明し、モーラムをタイ東北部イサーンの音楽と書く。編成はピン(タイのリュート)、竹のハーモニカの一種と紹介されるケーン、ベース、ドラム、打楽器のメニストだった。12
クレジットの並びは、十年のあいだに動いている。2014年の『21st Century Molam』では、編曲とプロデュースはマフト・サイとメニストの二人、ミックスはニック・マナセ(Nick Manasseh)とメニストがロンドンのThe Yardで行った。12 2024年9月19日に出た三作目『Araya Lam』では、全曲の編曲はマフト・サイ一人、プロデュースは二人のまま、ミックスはマナセだけの名になる。メニストは「Percussion & Electronics(打楽器と電子音)」、マフト・サイは「Thai percussion」の奏者としても記される。13 同じ欄には、客演の歌、ポーンラーン、ソー、ピーの奏者が、それぞれ参加した曲名付きで並ぶ。「Jai Dum」の名はその中に無い。曲のページにも、曲別のクレジットは無い。13
曲の音について語ったのは、2024年11月26日のタイの音楽サイトThe Real Cosmosの取材(聞き手McKee)である。聞き手が「Jai Dum」の音をシンセサイザーに思えるが実はソー(弓で弾く弦楽器)ではないかと尋ねると、マフト・サイは、シンセサイザー、キーボードだと答えた。さらに、メニストの叫び声にエフェクトをかけて入れてあり、人の声だとは聞き分けられないかもしれない、と笑って付け加えた。14 聞き手が思い浮かべたソーは、クレジットでは別の曲の客演に割り当てられた楽器だった。答えに出てきたのは、電子の鍵盤と、打楽器奏者の声である。鍵盤を誰が弾いたのかは、取材でも語られていない。
同じ取材は、この盤の時間の長さも伝える。録音は2019年に始まり、2020年に出す予定だったが、ロックダウンで止めた。そこから2年をかけて手直しや音の重ね録りを加え(原文の「ดั๊บ」は英語のdubから来た語で、ダブの処理の意味にも取れる)、ミックスからマスタリングまでやり直した。録り終えた後に新しい音を入れた曲もあるという。マナセはダブやレゲエの音を手がけ、毎作のミックスを任せる人で、フェスティバルWonderfruitなどの公演では生でダブの処理を担うこともある。行き来できない時期、マフト・サイはマナセと同じ型のスピーカーを自宅に揃え、二人が同じ音を聴けるようにした。盤を切るときには何百回も聴き、車の中のデジタル・ファイルのような聴き方まで試したと話す。14 奏者として記される二人の後ろで、音のまとめはロンドンの卓と、同じスピーカーを置いたマフト・サイの自宅をまたいでいた。取材の冒頭で聞き手は、バンドが地元の大きなフェスティバル「Maho Rasop」2024で、その年もっとも印象に残る公演の一つを見せたばかりだと書いている。14
マスタリングを担ったThe Carveryのメリットは、「Out of Touch」と同じ人だ。スタジオの紹介によれば、彼と友人のジョージ・トンプソン(George Thompson)が、ロンドン東部の倉庫の居間で、友人やDJのためにダブプレートを切ることから始めた。15 メリットが創設に加わったパーティーとレーベルSofritoの話は、エディットの特集にある。音の由来と役目については、エッセイでも扱った。
ひとりで録り、ひとりでまとめる — 「Our Mother's Lights」
最後の例は、演奏と録音がほぼ一人に重なる。ヴィブラフォンとマリンバの奏者フジタ・マサヨシ(Masayoshi Fujita)は、ベルリンで13年暮らしたのち、2020年に家族と日本へ戻り、兵庫県の海沿いの山あい、紹介文がKami-choと書く町に移った。Erased Tapesから2024年9月6日に出たアルバム『Migratory』の紹介によれば、彼は古い幼稚園を自分のスタジオ「Kebi Bird Studio」に作り変え、そこでこの盤が生まれた。16
盤のクレジットは、フジタ本人について「marimba, vibraphone, Nord Modular G2 and all other production(マリンバ、ヴィブラフォン、Nord Modular G2、そのほかの制作すべて)」と書く。録音とミックスもKebi Bird Studioでフジタ自身が行い、他人の名はマスタリングのジーノ・ミコレイ(Zino Mikorey)と、レコードのカッティングのアンドレアス・カウフェルト(Andreas Kauffelt)に移る。16 楽器、機材、録音、まとめまでが一人の名で占められている。
この曲では、その一人の作業に、ほかの二人が加わっている。一人は父のフジタ・オサム(Osamu Fujita)だ。紹介文によれば、両親は15年以上タイで暮らし、日本へ戻った後、母は2023年の初めに亡くなった。フジタは父を招き、音楽家でもある父はサックスを持ってきて、まだ仕上がっていない録音の上に吹いた。そこから三つの曲ができたという。16 クレジットはテナーとアルトのサックスの曲として、「Our Mother's Lights」を含む三曲を挙げている。16
もう一人が、フィラデルフィアの詩人、音楽家、活動家ムーア・マザー(Moor Mother)の声である。17 紹介文によれば、彼女がフジタに自分のアルバムへのヴィブラフォンを頼み、そのお返しに、この盤の中心となる曲へ声を貸した。16 2024年8月7日のレーベルの告知で、フジタはこの曲に歌を入れるつもりはなかったが、ムーア・マザーとの出会いを通じて自然にそうなったと話している。18 客演の欄には「vocal and lyrics(歌と詞)」と、曲名付きで記された。16 ほとんどを一人で担う録音でも、この曲のクレジットに他人の名が現れるのは、完成前の録音へ家族が音を重ねた箇所と、演奏の交換から生まれた箇所だった。声が曲の聴こえ方をどう変えたかは、エッセイで読んでいる。
次に聴くなら
『Araya Lam』の「Jai Dum」と「Seesaw Pt.1」を続けて聴いてみたい。聞き手がソーと思った「Jai Dum」の音はシンセサイザーとメニストの声で、クレジットでは客演のチャノン・チンナラット(Chanon Chinnarach)が「Seesaw Pt.1&2」でソーを弾いている。1314 電子の鍵盤と弓の弦を、同じ盤の中で並べて確かめられる。
この特集の曲
- You Really Got Meザ・キンクス2023年1月19日 追加
- MKWAJUムクワジュ・アンサンブル2025年8月13日 追加
- FreedomFolamour2023年2月7日 追加
- Out of TouchSouleance、Kit Sebastian2023年9月4日 追加
- Jai DumThe Paradise Bangkok Molam International Band2024年9月22日 追加
- Our Mother's LightsMasayoshi Fujita、Moor Mother2024年8月27日 追加
出典・注
[1] Richard Buskin, Classic Tracks: The Kinks 'You Really Got Me', Sound On Sound, 2009年9月。タルミーの談話(自分を録りたくないという発言、IBCを選んだ理由、アンプの二本のマイクとリミッター、ドラムのマイク)、レイの回想(作曲の場所、サックスの旋律、最初の録音への不満)、バンドの顔ぶれとグレアムの起用、リズム・ギターをめぐる関係者の食い違い、タンバリンをタルミーが振ったという記述。録音日(1964年7月12日、IBC)も同記事による。ライブラリの『Kinks (Deluxe)』収録版との同一性は確認していない。
[2] Brian Tarquin, Shel Talmy: Golden Ears, Tape Op #165(掲載年は本文に無い)。冒頭の編集部の文(86歳での取材、2024年12月の死去)のみ使用。
[3] MKWAJU, WRWTFWW Records公式Bandcamp。2018年11月9日発売の再発の紹介文(1981年2月・3月の録音、Better Days、高田の楽器、久石のプロデュースとシンセサイザー、参加者名、音の幅の形容)。紹介はすべて盤全体についてで、曲ごとの担当は書かれていない。
[4] Aimee Armstrong, Midori Takada's 1981 album with Mkwaju Ensemble to be reissued, Crack Magazine, 2018年10月1日。三人組の構成と解散、久石の最初のプロデュース・クレジットという記述。
[5] VF Team, Midori Takada's coveted MKWAJU Ensemble LP MKWAJU reissued for the first time, The Vinyl Factory, 2018年10月1日。『KI-Motion』との発売順と録音順の記述のみ使用。
[6] Freedom / Folamour, Qobuz。2023年1月20日発売(FHUO Records)、曲別の担当表示。演奏者の担当箇所や録音場所は表示されない。
[7] Sam Willings, Folamour: "I love being an artist whose evolution and growth you can hear; the truth is, we get better with time", MusicTech, 2023年5月5日。現在のページは導入部しか表示されないため、2024年4月16日のアーカイブで本文を読んだ。自宅とWisseloordの比較、三週間の滞在、奏者を導くことについての発言、サンプルと楽器(記者の地の文。窮屈さのみ本人談)、声の録音についての本人談。ホーンとピッチを下げた声がWisseloordで録られたという記述は記者の地の文。
[8] Souleance & Kit Sebastian — Out Of Touch, First Word Records(Kudos)。2023年8月30日発売、レーベルの紹介文と曲別クレジット。録音の順序や受け渡しは書かれていない。
[9] Philou CxC, Souleance (Soulist + Fulgeance), Interview., Couvre x Chefs, 2014年8月21日(英訳Thibault Fuhr)。フルジャンスの談話(二人の紹介、ベースの演奏、生の楽器とバンド化についての考え)。『Jogar』期の話で、「Out of Touch」についての発言ではない。
[10] Klemen Breznikar, Kit Sebastian | Interview | New Album, 'Melodi', It's Psychedelic Baby Magazine, 2021年11月9日。マーティンによる結成の経緯のみ使用。
[11] Jen Long, Kit Sebastian are on the rise, The Line of Best Fit, 2024年12月5日。二人の経歴(マーティンの作曲の学び、エルデムの生い立ちと映画の学び)の記者の地の文のみ使用。「Out of Touch」より後の記事。
[12] 21st Century Molam, The Paradise Bangkok Molam International Band公式Bandcamp。2014年12月1日発売、紹介文(パーティーとバンドの成り立ち、編成)とクレジット(編曲、プロデュース、ミックス)。
[13] Araya Lam, 同公式Bandcamp。2024年9月19日発売、盤全体のクレジットと、曲名付きの客演欄。「Jai Dum」の曲ページ(Jai Dum)には曲別クレジットが無い。中核編成の担当は盤全体の表示で、「Jai Dum」での演奏者の割り当てではない。
[14] McKee, คุยกับ The Paradise Bangkok Molam International Band ถึงเบื้องหลังความม่วนของอัลบั้มล่าสุดของพวกเขา 'Araya Lam', The Real Cosmos, 2024年11月26日(タイ語)。マフト・サイの談話(制作の経緯、マナセとの遠隔作業、「Jai Dum」の音)。本文の説明は要約で、鍵盤の奏者や機種、声の加工手順は語られていない。「ดั๊บเพิ่มเติม」は重ね録りともダブの処理の追加とも読めるため、本文に両方の読みを示した。ソーの説明はYale School of Music「Saw u」による一般説明で、ソーの種類は特定しない。
[15] About, The Carvery公式サイト。スタジオの成り立ちについての自己紹介と、メリットがSofritoのレーベルとクラブ・ナイトの創設メンバーという記述。本特集の二曲のマスタリング手順を示すものではない。
[16] Migratory, Masayoshi Fujita公式Bandcamp(Erased Tapes)。2024年9月6日発売、紹介文(帰国とKami-cho(原文のローマ字表記)、Kebi Bird Studio、父のサックスの経緯、ムーア・マザーとの交換)とクレジット。同曲は2024年8月7日のレーベル告知[18]で先行シングルとして公開された(曲ページの表示は「track released June 9, 2024」で、告知日と食い違う)。ライブラリの先行シングル版と盤の版の同一性は確認していない。
[17] tom johnson, Masayoshi Fujita - Our Mother's Lights (ft. Moor Mother), GoldFlakePaint, 2024年8月8日。ムーア・マザーの紹介(フィラデルフィアの詩人、音楽家、活動家)のみ使用。
[18] Masayoshi Fujita shares two new singles, one features Moor Mother, Erased Tapes, 2024年8月7日。フジタの談話。