録音を材料にする
すでにある音が、次の曲の提案になるとき
ニコラス・ジャー(Nicolas Jaar)のもとに、自分の2020年のアルバム『Telas』の一部を繰り返し、その上で歌った音声メモが届いた。送ったのは、ガザルやパンジャーブの民謡を現代の形で歌うパキスタン系米国人の歌い手、アリ・セティ(Ali Sethi)。ジャーは声明で、そのデモを「It was what Telas had been missing(それが『Telas』に欠けていたものだった)」と言い表した。1 自分の録音が、他人の手でループされ、声を置かれて戻ってきたとき、作り手はそれを新しいアルバムの出発点として受け取ったのである。すでに録られた音は、どの段階で新しい曲の提案になるのか。この特集では、デモ、既存曲のサンプル、共演者が吹き込んだ演奏、旅先の現場録音、四半世紀以上前のマルチトラックという材料を、六つの曲で順に見ていく。どれも「録音を使った曲」と呼べるが、材料が生まれた場所も、提案に変わる時点も一つずつ異なる。
元の作り手へ返ったデモ — 「Muddat」
The FADERのジョーダン・ダーヴィル(Jordan Darville)が2023年9月に伝えた経緯では、セティは『Telas』の曲の一部をループして歌い、声のメモとしてデモを作った。二人が紹介されて間もなく、それをジャーへ持っていったという。そこから二人は、セティの『Telas』を使ったデモをもとにアルバムへ取り組み、同年11月17日にOther Peopleから『Intiha』を出すことになった。記事は盤全体を『Telas』の音楽の再解釈と紹介し、最初のシングル「Muddat」を、ジャーのジャズ風でチルアウト寄りのビートとセティの古典的な憧れを帯びた声の結び付きとして紹介する。1 ただし記事は、「Muddat」のどの音が『Telas』から来たのかまでは書いていない。ここでは盤単位の経緯として読む。
記事が伝える操作は、録音の一部を繰り返し、その上に声を置くことである。切り刻みも並べ替えも語られていない。それでもジャーには、自分の盤に無かったものが聞こえた。セティのデモは、元の作り手の耳へ戻っていった。材料を返された側が「欠けていた」と感じた時点で、音声メモは試作から共作の提案へ格上げされたと読める。
同じ記事でダーヴィルは、二人の組み合わせは紙の上では意外に見えたかもしれないと書く。セティ本人は、ジャーの音楽が期待をじらしながら展開する物語のようで、パキスタンで聴いて育ったゆったりと即興するガザルやカッワーリーに似ていたと話している。1 意外な組み合わせを、歌い手の側は最初から親しいものとして聴いていた。その親しさを言葉で説明する代わりに、声を置いた音で示した。この曲の出発点については、エッセイでも扱っている。
既存の歌を借りる — 「El Layali」
音楽サイトStereofoxの記事(ルー[Lu]の署名で2022年2月掲載、のちに追記あり)は、バリー・キャント・スウィム(Barry Can't Swim)の「El Layali」が、エジプト・リビアの歌手ハミド・アル・シャエリ(Hamid Al Shaeri)の1988年の「Ouda」のサンプルを含むと記し、この曲が「Ouda」の喚起的な音を想像し直し、広げていると評する。ルーは本文で鍵盤のアレンジの上品さを称える。記事の書き出しでは、アラブ音楽をよく聴いていた時期があり、くつろいだハウスとアラブの美学を組み合わせた点が好きだと、ルー自身の関心を明かしている。2
バリー・キャント・スウィムは、エディンバラとロンドンを拠点にするジョシュのプロデューサー名義だ。2022年のMusicTechの取材で、ジャズを感じさせる落ち着いたハウスを三年ほど作ってきたと紹介されている。本人は、あまり発想が湧かないときはサンプルから始めて転がし、そこから組み立てると話す。同じ取材では、EP『More Content』に通して入るドラムブレイクを、スイングや人間らしさを残すため手で切り分けるとも語る。3 これは同期の制作一般の話で、「El Layali」の手順ではない。それでも、発想が湧かない日には、サンプルがこの作り手の作業を動かす手段になることは分かる。
「El Layali」の場合、「Ouda」の使用を示すのはこの記事の記述で、公式の曲別クレジットではない。Bandcampの『Amor Fati』EPのページは、紹介文で四曲入りとうたいながら、曲目には三曲しか載せていない。2021年夏に出たこのEPの紹介文は、バリー・キャント・スウィムをShall Not Fadeの「Classic Cuts」シリーズにふさわしい作り手と呼び、彼のハウスを、この夏に期待されたクラブの再開と自由の戻りを予感させる音と紹介していた。2 Stereofoxの記事には2025年の出来事を記す段落もあり、同年に一部の利用者が、曲がEPから移り別の名義になったと指摘したと記す。記事の筆者はその理由をサンプルの著作権問題ではないかと推測しているが、公式の説明は示されていない。2
サンプルの権利が、演奏のどの単位にまで及ぶのか。米国では2005年、第6巡回区控訴裁判所がこの点で強い線を引いた。ブリッジポート対ディメンション・フィルムズ事件で問題になったのは、映画『I Got the Hook Up』のサウンドトラックに入った「100 Miles and Runnin'」に使われた、ジョージ・クリントンとファンカデリック(判決の表記はGeorge Clinton, Jr. and the Funkadelics)の「Get Off Your Ass and Jam」冒頭のギターである。原告側の専門家によれば、二秒の断片が写し取られ、音程を下げ、16拍にわたってループされていた。判決は、録音物からの採取には「Get a license or do not sample(許諾を得よ、さもなくばサンプルするな)」と述べる。同時に、他の作品のリフを取り入れたければ、スタジオで同じ音を演奏し直すことは自由だとも書いた。4 作曲された音の並びと、ある日ある人が鳴らした録音とを、法が別々に扱いうることを示した判決である。ただしこれは米国の一つの控訴裁判所の判断で、各国の制度や「El Layali」の実際の扱いを説明するものではない。
録音の持ち主を名前で示す — 「Wie schön du bist」
同じ「既存の歌を借りる」曲でも、クレジットで材料をすべて名指す例がある。DJコーツェ(DJ Koze)の「Wie schön du bist」の公式Bandcampは、ホルガー・ビーゲ(Holger Biege)が演奏した「Bleib Doch」の録音のサンプルを含むと記す。作曲はビーゲ、詞はインゲボルク・ブラノナー(Ingeborg Branoner)。使用はROBA Music PublishingとSony Music Entertainment Germany/Amigaの好意による、と続く。新しく加わった音楽は、「Additional Music(追加の音楽)」の欄にシュテファン・コザラ(Stefan Kozalla)の名で記され、詞の追加にはトイトブルク=ヴァイスら三人の名が並ぶ。5
このクレジットは、ブリッジポート判決が分けた二つの層、つまり録音と作品を、別々の行で示している。演奏した人と書いた人、出版社と原盤の権利者が並ぶ。そして新しく作られた部分は「追加」と表示される。表記の言葉だけで言えば、この曲の新しい音楽は、ビーゲの録音へ付け加えるものとして位置付けられている。「El Layali」では記事の記述にとどまった材料の出どころが、ここでは公式のクレジットに書かれている。
では、何を借りたのか。レーベルPampa Recordsの紹介文は、コーツェが1978年の「Bleib doch」の一行を中心に小さな作品を編んだと書く。音楽誌VISIONSのユリウス・フォン・グリンスキ(Julius von Glinski)も、この曲のリフレインの行が「Bleib doch」から来たと伝える。56 一つの歌の一行が、新しい曲の核に選ばれた。その周りでは、ビートステークス(Beatsteaks)のフロントマン、アーニム・トイトブルク=ヴァイス(Arnim Teutoburg-Weiß)と、インディー・フォークのデュオ、デュッセルドルフ・デュスターボーイズ(The Düsseldorf Düsterboys)が歌う。グリンスキは、歌い手たちが交代し、声を重ね、あらゆる方向へ変形させると描き、全体をソウルフルなヒップホップ・バラードの形式と呼ぶ。6
ビーゲという人の経歴も、この曲の受け取られ方に関わる。グリンスキによれば、ビーゲは東ドイツで1970年代に人気の頂点を迎え、1983年に許可なく西ドイツへ移ってから活動が下火になり、東での知名度を取り戻せなかった。2012年に脳卒中を患い、2018年に亡くなった。6 レーベルは、ビーゲを東ドイツのソウルを築いた伝説的な一人と呼び、この曲をオマージュであり、時間旅行であり、ラブレターだと紹介する。同じ文には、9月13日にビーゲのAmiga時代の原盤アルバム『Wenn der Abend kommt』と『Circulus』が二枚組で再発されたとある。5 「Wie schön du bist」の発売は2024年9月20日、その一週間後だった。四十年以上前の録音が新曲の核になった時期は、西へ移ってから東での知名度を取り戻せなかった歌手の原盤が、再発された時期と重なっていた。
共演者が吹き込んだ演奏を、素材として刻む — 「ON&ON」
材料が既存の曲でなく、共演者が吹き込んだ演奏であることもある。ニュージーランドのクリストファー・タブス(Christopher Tubbs)とエデン・バーンズ(Eden Burns)のデュオ、バーンズ&タブスの「ON&ON」がそうだ。Newzicianのフリン・ロブソン(Flynn Robson)の取材では、タブスはニュージーランドの電子音楽界で伝説的と紹介されるDJで、1990年代半ばに英国のニュージーランド出身者の輪の中から頭角を現した。バーンズは彼より二十五歳ほど若い。二人はタブスが主宰した夜通しのクラブ・イベント「Body Electric」で出会った。7
フルートを吹いたのはネイサン・ヘインズ(Nathan Haines)である。Test Pressingのマーティン・ペペレル(Martyn Pepperell)は、ヘインズをブロークン・ビートの場面、ジャズ寄りのドラムンベースのSci-Clone、ソロ作、OMCのライブ・バンドでの活動で知られる人として紹介する。8 バーンズは、ヘインズが吹き込んだフルートの一部を「flip」し(反転とも作り替えとも取れる語)、それを刻んだと説明する。完成まで一年ほど行き来し、ある日急にまとまったという。7 演奏者の名前は曲名に「feat.」として残る。しかし録られた後のフルートは、借りてきたサンプルと同じように区切られ、手を加えられた。どこで切り、どちら向きに鳴らすかという操作の区別は、サンプリングのガイドにまとめてある。
バーンズは普段の判断の仕方として、タブスと曲を頭から終わりまで聴き、時間が早く過ぎれば良い兆し、六分が長く感じれば悪い兆しかもしれないと話す。7 ペペレルは、8分を超えるOriginal Mixを、重なり合うハウスのテンポのグルーヴが積み上がり、シンセのパッドや木管、デジタルな旋律が渦を巻く曲として描く。そして湿った音色のベースがようやく現れたとき、それまでの時間に見合う到着に感じると書く。テンポとシャッフルを上げたBullet Train Mixについては、ピークタイム向きかもしれないと添えている。8 同じ曲の二つの版のうち、評者は一方を夜のいちばん盛り上がる時間帯に置いたことになる。
この三曲入りの12インチには、もう一つの材料の取り方が並んでいる。記事によれば、先頭の「Where Were U In 92?」は1990年代半ばのジャズ・アクト、パプリカ・ソウル(Paprika Soul)の歌声をサンプルしている。バーンズは、タブスがその歌声を長いこと温めていたと話し、何度も版を作って完成までずいぶんかかったという。7 ペペレルによれば、同曲は海辺やカモメの現場録音で始まり、すぐに90年代初めのハウスとストリート・ソウルが出会う音へ移る。8 一枚のEPに、既存の歌、海辺の録音、ヘインズが吹き込んだフルートが入っている。タブスはこの盤を、夏らしく、大部分がとてもダウンテンポだと語っていた。7
旅先で録った音 — 「All Day I Zama」
スタジオの外で録った音を曲の材料にする方法は、音楽の歴史の中でも早くから試されてきた。フランスの公共放送RDFの技師だったピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer)は、1948年にパリのバティニョール駅で六台の機関車を録音した。The Vinyl Factoryのジョナサン・パトリック(Jonathan Patrick)の2016年の記事は、半分の速さへの減速、ループ、断片の並べ替えといった操作を、シェフェールがこの制作で見つけたと紹介する。9 IRCAMの作品資料によれば、「鉄道のエチュード」は「騒音のエチュード」の一曲として1948年10月5日に放送で初演され、78回転の録音を33回転で再生する移調が使われた。10 パトリックの記事によれば、シェフェールは聴き手が汽車を忘れ、音色や時間の変化だけを聴くことを望んでいた。9 録った音から、何の音かという連想を消すことが目標だった。
スタヴロズ(Stavroz)の「All Day I Zama」では、録音の由来が、むしろ曲の紹介として語られる。スタヴロズは、ベルギーのイースト・フランダースでジャンルを混ぜるDJの企画として始まり、アコースティックなロックと電子音楽を合わせるバンドになった四人組だ。2025年のWhen We Dipの取材で、彼らは旅で手に入れた音や楽器を無理に入れる必要はないと話す。そしてメキシコの浜辺で誰かがほら貝を吹いていた音を自分たちで録り、それが「Gold Town」EPの「All Day I Zama」に入ったと明かした。続けて彼らは「if it works, great(合えばそれでいい)」と言い、合わなければ次へ進むか、新しい案から始めると話す。11 同じ取材では、延々とサンプル集を掘って一つの旋律やリズムを探すこともあると語っている。11
この曲では、音を録った時点ではまだ何の提案でもない。旅の記録として手元に残り、作曲の途中で「合う」と判断されたときに初めて曲の一部になる。いつ、どの場面で使われたか、どこまで加工されたかは取材では語られていない。レーベルMoodfamilyの紹介文は、ほら貝には触れず、打楽器の饗宴が刻むゆっくりしたビートが、うめくような歌声を主題に力強いグルーヴへ育つ曲として描く。同じ紹介文は、このEPが世界中のDJに支持され、とりわけソロムン(Solomun)に支持されたと特記する。12 支持がどの曲に向いたかまでは書かれていない。ほら貝の由来が語られたのは、2017年5月26日のEP発売から八年後の取材だった。レーベルの紹介文では、この音は打楽器と歌声の曲の中に溶け込み、名指されていない。
1996年のマルチトラック — 「Feel Like That」
1996年初め、サブライム(Sublime)の三人、歌のブラッドリー・ノウェル(Bradley Nowell)、ベースのエリック・ウィルソン(Eric Wilson)、ドラムのバド・ゴー(Bud Gaugh)は、テキサス州オースティンにあるウィリー・ネルソンのペダナレス・スタジオでジャムをしていた。Rolling Stoneのブライアン・ハイアット(Brian Hiatt)の2024年5月23日の記事によれば、彼らは即興で未完成の曲へなだれ込み、後に海賊盤の側がそれを「Eireen」と呼んだ。ダブの影響を受けたグルーヴに入り、ノウェルが覚えやすいリフレインに行き着く瞬間がある。ノウェルはその年の5月に亡くなった。13
「Feel Like That」は、その瞬間を中心に組まれた。南カリフォルニアのレゲエ・バンド、スティック・フィギュア(Stick Figure)のスコット・ウッドラフ(Scott Woodruff)が、このセッションからの素材で曲を組んだため、公式にはサブライムとスティック・フィギュアの名義になる。バンド関係者のマイケル・ハッポルト(Michael "Miguel" Happoldt)が「Eireen」のマルチトラックを彼に渡し、ウッドラフは数年前、バンドがノウェルの息子ジェイコブ(Jakob Nowell)を迎えて再始動する前から作業していた。ジェイコブは2024年1月に歌を加えた。記事は、これをノウェルの死後初めてのサブライムのオリジナル・スタジオ曲と伝える。13
マルチトラックとは、ミックスの前の、楽器や声ごとに分かれた生のトラックのことだ。14 トラックが分かれていれば、声を伴奏から離して扱える。記事はウッドラフが個々のトラックをどう使ったかまでは書いていないが、完成した曲では28年前の声のあとに新しい声が続く。ジェイコブによれば、父のヴァース、自分のヴァースと続き、最後はスティック・フィギュアが締める。ウィルソンはメールで、何年もそこで待っていた未発表テイクに行き当たったと喜んだ。13 ジェイコブはこの年のコーチェラの公演から歌い手を引き継ぎ、記事の時点でバンドは年間を通じたフェスティバルの予定を抱えていた。記事の中でゴーは、リミックスでも新曲でもあらゆる録音の道を探ると話している。13
残っていた録音がどんな形だったかは、使い道を大きく左右する。ザ・ビートルズ(The Beatles)の「Now and Then」は、ジョン・レノンが1970年代後半にニューヨークの自宅で、ピアノを弾きながら歌ったカセットのデモから作られた。NBC Newsによれば、テープは1994年にヨーコ・オノから残りのメンバーへ渡った。同じテープの「Free as a Bird」と「Real Love」は90年代に新曲として仕上がったが、「Now and Then」は未完成のまま残った。15 マッカートニーはBBCの記録映画で、90年代には気力も時間も尽きたと振り返った。15 MusicRadarのマット・マレン(Matt Mullen)は技術の側から、1995年の時点では声と楽器を分けるソフトがまだなかったと説明する。16 その後、ピーター・ジャクソンが記録シリーズ『The Beatles: Get Back』の制作で作った分離の仕組みで、レノンの声をピアノから取り出せるようになった。マッカートニーは、ピアノごと持ち上げずにジョンの声だけを持ち上げられた、それが常に問題だったと振り返っている。16 曲は2023年11月2日に発表された。15
一本のカセットに声とピアノが一緒に入っていたレノンのデモは、分離技術が追い付くまで、材料として扱える形になかった。サブライムのジャムは、はじめからトラックが分かれて残っていた。どちらも亡くなった歌い手の声を新しい曲に入れた例だが、古い録音が「使える材料」になった段階を決めたのは、一方では技術、もう一方では録音の残り方だった。材料の単位をどこまで細かく持てるかは、リミックスの特集で扱うマルチトラックとステムの区別にもつながる。
デモのまま出す、という道
Newzicianの取材の終わりで、バーンズはもう一つの行き先を話している。三年近く手元に置いているアルバムがあり、歌い手を乗せようとしたデモが結局うまくいかなかった。それは未完成のデモとして、そのまま出すことになるかもしれない、という。7 セティの音声メモは他人の盤への提案になり、共作のアルバムに育った。バーンズのデモは、誰かへの提案にならないまま、それ自体を作品として差し出される可能性がある。録音を材料にする仕事の続きとして次に読むなら、声と伴奏を分けて渡すことが何を変えるかを扱うリミックスの特集と、身近な音を取り込んで演奏する小型サンプラーを扱うCHOMPIの特集がある。
この特集の曲
- MuddatAli Sethi、Nicolas Jaar2023年9月22日 追加
- El LayaliBarry Can't Swim2023年6月12日 追加
- Wie schön du bistDJ Koze、arnim、The Düsseldorf Düsterboys2024年9月25日 追加
- ON&ON feat. Nathan Haines - Original MixEden Burns、Christopher Tubbs、Nathan Haines2024年2月17日 追加
- All Day I ZamaStavroz2017年7月3日 追加
- Feel Like That (feat. Bradley Nowell)Sublime、Stick Figure、Jakobs Castle、Bradley Nowell2024年6月1日 追加
出典・注
[1] Jordan Darville, Ali Sethi and Nicolás Jaar announce collaborative album, share “Muddat”, The FADER, 2023年9月19日。セティのデモ制作の経緯、ジャーの声明、セティの談話、『Intiha』の発売予定。『Telas』の再解釈は盤全体についての記述で、「Muddat」固有の素材や工程は未確認。歌詞は扱わない。
[2] Lu, Barry Can't Swim - El Layali, Stereofox, 2022年2月(2025年以降の追記を含む)。「Ouda」のサンプル使用と「想像し直し、広げている」という評は、サイトの一人称で書かれたLyrics節にあり、2022年2月のルーの地の文とは確かめられない。公式クレジットではない。名義変更は利用者の指摘と筆者の推測として扱い、事実とはしない。EPのBandcampページの曲目表示は、公式Bandcamp『Amor Fati EP』の2026年9月29日読取時点の表示と、同ページの紹介文(発売告知の文面)による。
[3] Oliver Payne, Plug-ins I Actually Use: Barry Can't Swim, MusicTech, 2022年7月18日。EP『More Content』期の一般的な制作談。「El Layali」の手順ではない。
[4] Bridgeport Music v. Dimension Films, et al., 410 F.3d 792 (6th Cir. 2005), Music Copyright Infringement Resource(George Washington University Law School)掲載の判決文と解説。サンプルの長さ・加工は判決が引く原告側専門家の説明。米国の一控訴裁判所の判断で、他国の制度や本特集の曲の権利処理を示すものではない。
[5] DJ Koze公式Bandcamp「Wie schön du bist (PAMPA042)」。クレジット(録音の使用、作詞作曲者、権利者、Additional Music)、レーベル紹介文(一行を中心に編んだという記述、オマージュ等の形容、ビーゲ作品の再発)、発売日2024年9月20日。具体的なサンプル編集の手順は未確認。
[6] Julius von Glinski, DJ Koze veröffentlicht Hommage an Holger Biege mit Arnim Teutoburg-Weiss, VISIONS, 2024年9月20日。リフレインの出どころ、ビーゲの経歴、声の動きと形式の描写。1978年は元曲の発表年。
[7] Flynn Robson, TWOMINDS Preview: Burns & Tubbs, Newzician Magazine Issue 3, 2024年(ウェブ再掲)。二人の経歴と出会い、フルートの加工と通して聴く判断、「Where Were U In 92?」の歌声サンプル、盤の性格、未完成のデモの話はすべて本人談。フルート加工は「ON&ON」の二つのミックスを扱う文脈で、Original Mixだけの工程とは特定しない。「flip」の具体(反転か作り替えか)、切断位置、再生方向は不明。通して聴く判断は本人の普段のやり方の説明。Paprika Soulの同定は記者の地の文。
[8] Martyn Pepperell, Burns & Tubbs Vol.III, Test Pressing, 2024年3月2日。ヘインズの紹介、Original MixとBullet Train Mixの評、「Where Were U In 92?」冒頭の現場録音の記述。
[9] Jonathan Patrick, A guide to Pierre Schaeffer, the godfather of sampling, The Vinyl Factory, 2016年5月27日。ページ上部の署名は「Words: Jonathan Patrick」、下部の筆者欄は「Written by Kelly Doherty / FACT Team」で食い違う。本文は上部の署名に従った。シェフェールの経歴、1948年の機関車の録音と操作、汽車を忘れさせたいという言葉。
[10] Étude n° 2 Imposée ou Étude aux chemins de fer, IRCAM(Brahms作品資料)。作曲年、「騒音のエチュード」の一曲としての1948年10月5日の放送初演、78回転録音の33回転再生による移調。
[11] When We Dip 184: Stavroz, When We Dip, 2025年9月19日。バンドの紹介とメンバーの談話。ほら貝の録音が本曲に入ったこと、旅の音を無理に入れない姿勢、サンプル集を探す制作。録音年、吹いた人、曲中の位置、加工の内訳は未確認。
[12] Stavroz – Gold Town, Moodfamily公式ショップ。レーベルの曲紹介とEP単位のDJの支持についての記述。掲載年は無く、現在の文面が発売当時のものとは限らない。ほら貝の音を同定した記述ではない。発売日2017年5月26日と曲目(2曲目、06:09)はStavroz公式Bandcamp「Gold Town EP」による。
[13] Brian Hiatt, Hear the First New Sublime Song in 28 Years, Rolling Stone, 2024年5月23日。1996年のジャムと録音場所、ウッドラフがマルチトラックから組んだ経緯、ジェイコブの録音時期と曲の順番、メンバーの談話。元録音の全内容や採用箇所の詳細は未確認。歌詞は扱わない。
[14] Nick Messitte, Stems and multitracks: What’s the difference?, iZotope, 2024年9月19日。マルチトラックの一般的な定義。本曲で渡されたファイルの内訳を示すものではない。
[15] Patrick Smith, The final Beatles song, 'Now and Then,' featuring all four members, is released, NBC News, 2023年11月2日。デモの録音場所、テープが渡った年、90年代の二曲、BBCの記録映画でのマッカートニーの談話、発表日。比較のための補助事例。
[16] Matt Mullen, How AI helped us hear the "final" Beatles song, MusicRadar, 2023年11月2日。1995年時点で分離の技術が無かったこと、『Get Back』の制作中に作られたと報じられる分離の仕組み、マッカートニーの談話(映画からの引用)。比較のための補助事例。