My Music Research10 年分のライブラリを、追加日順に
特集 ・ 約 17 分

Roland / BOSS のサンプラー

録音を演奏する装置

2002年、サンパウロで開かれたRed Bull Music Academyの講義で、聞き手のイーゴン(Eothen "Egon" Alapatt)に今どのサンプラーを使っているかと問われ、マッドリブ(Madlib)は小さな箱を掲げた。ロサンゼルスから来たプロデューサーで、Stones Throwからは最初にグループLootpackのアルバムを出していた。箱はBOSSのSP-303 Dr. Sample。彼は「You could do any type of music on this.(これでどんな種類の音楽でも作れる)」と言い、自分のヒップホップは全部これで作ったとうなずいた。1 Stones Throwは2004年3月1日付の記事で、この旅のホテルの部屋でマッドリブが撮った写真を改めて載せ、Madvillainの「Strange Ways」と「Rhinestone Cowboy」のビートは、携帯用のレコード・プレーヤー、SP-303、借りたカセット・デッキだけで作られたと記している。2 ところが、その前身機SP-202を1998年に評した英国の機材誌は、DJの二台のターンテーブルの横に置くための機械だと書いていた。3 録音を取り込み、切り分け、順番とタイミングを与える仕事を、一台の装置はどう支えてきたのか。ローランドとBOSSのサンプラーを、1986年の鍵盤から2020年代の小箱までたどる。

1986年、鍵盤の上でピアノを鳴らす

ローランド公式サイトの製品史は、名古屋在住の音楽ジャーナリスト、アダム・ダグラス(Adam Douglas)が2021年に書いたものだ。それによれば、同社のサンプラー参入は1986年のS-50だった。画面に波形を映すため外部のテレビ・モニターをつなげ、電子ペンで波形を編集するタブレットDT-100も別売りされたという。4

発売当時の評価は、Sound On Sound誌(以下SOS)1986年12月号に残る。評者ポール・ウィッフェン(Paul Wiffen)は、フランクフルトの見本市で発表された鍵盤サンプラーのうち、S-50は店頭に届くのが最後になった機種だと書き出している。彼が重く見たのは16音の同時発音だった。サンプラーの最良の使い道の一つをピアノの再現と考える人は多い、と紹介したうえで、ピアノは和音を重ねられることが大事だと論じた。付属のピアノのディスクが成功の大きな要因になるとも見ている。音の細かさは12ビット、30kHzで最長14.4秒、15kHzなら28.8秒だった。5

1986年の評者にとって、サンプラーはまず楽器の音を録り、鍵盤の音程に沿って並べて弾く道具だった。一音を録って鍵盤全体に広げる。この単位が、後の機種で変わっていく。

1989年、録音と手順を一台に

1989年のW-30は、サンプラーに鍵盤とシーケンサーを組み合わせた。シーケンサーは、どの音をいつ鳴らすかという手順を記録する装置である。SOS 1989年6月号のポール・アイアソン(Paul Ireson)は、同じ試聴室にあった初期の高級機Fairlight Series IIを見やり、同じ基本機能がその約20分の1の値段で手に入ると書いた。W-30のシーケンサーはローランドの単体シーケンサーMC-500とMC-300のソフトを基にし、16トラック、1万5千音を記録できた。評者は、サンプラー部も良いが、いちばん感心したのはシーケンサーだと結論している。6

この機械を曲作りの中心に据えたのが、プロディジー(The Prodigy)のリアム・ハウレット(Liam Howlett)だ。英国のレイヴの時代に「Charly」をヒットさせた彼は、1992年、Future Music誌のデイヴィッド・ロビンソン(David Robinson)の取材に答えている。W-30はヒップホップを作っていた頃に買ったもので、1990年10月にデモをXLへ持ち込んだと本人は話す。記事によれば、そのデモはW-30の八つの出力に別々のサンプルを割り当て、テープへまとめて録ったものだった。7

同じ取材でハウレットは、周りがAtari STで打ち込むなか、W-30を知り尽くしているので離れたくないと話した。ビートやベースは曲の最初から最後まで演奏して入れ、「I never use the copy function(コピー機能は一切使わない)」と言う。既成のループをそのまま使うのを嫌い、別々のループからスネアとバスドラムだけを取り出してつなぎ、さらに太鼓を足して組み上げる。ただし記事によれば、この頃には録音と再生の主役はAkaiのS1100に移り、W-30はシーケンサーと鍵盤として使われていた。7 ローランドの2021年の製品史は、彼が『The Fat of the Land』までのすべての作品でW-30を使ったと書く。4 少なくとも1992年の記事の時点では、W-30は音を録る機械というより手順を組む機械として使われていた。

鍵盤を外し、パッドを並べる

製品史によれば、1992年にはローランドのイタリア法人が開発したDJ-70が出た。3オクターブの鍵盤にパッドとDJ用のスクラッチ・ホイールを備え、録った音をもう一度録る再サンプリング(リサンプル)もできた。1994年のMS-1は鍵盤そのものをなくし、番号付きのパッドを二列に並べた。製品史はこれをSP-404の「祖父」と呼ぶ。録音時に四段階の音質を選べ、エフェクトは無く、音程と、始点・終点・ループ点の調整ができた。4

鍵盤を持たないこうした機械を、SOSの評者クリス・カーター(Chris Carter)は2001年に「フレーズ・サンプラー」と呼んで説明している。録ったループやフレーズを録った速さのまま鳴らす種類で、一音ずつを鍵盤の音程に並べて楽器のように弾くことはできない、と。8 S-50が一音を鍵盤へ広げたのに対し、フレーズ・サンプラーはひとかたまりの演奏を一つのパッドに置く。押す指が呼び出すものが、音符から録音の区間へ移った。

DJの横に置く箱 — SP-202

製品史は、最初のSPである1998年のSP-202 Dr. SampleをBOSSブランドで出た製品と記す。ループ素材を鳴らし、効果音を出すための機械で、八つのパッドと四つのバンク、音量ともう一つの二つのつまみしかなかった。4

SOS 1998年1月号でこれを評したカーターは、ローランドとBOSSの名前の使い分けは何で決まるのかと冗談めかして問いかけ、同じ工場で、おそらく同じ開発陣が作っていると書いている。彼によれば、この機械は持ち運べるDJ用のループ・サンプラーとして設計され、単三電池6本で最長8時間動き、マイクも内蔵していた。電源を入れてから内蔵マイクで録り始めるまで5秒。思い付いた歌や言葉を書き留める「メモ帳」として使えると評した。3

一方で編集はほぼ耳と指頼みだった。始点と終点は一つのMarkボタンを叩いて決め、短いループを整えるより録り直す方が早かったという。彼の教訓は、録る段階で正しく録ること。最も粗い音質ならモノラルで4分27秒録れたが、その設定は効果音か嫌いな音に取っておけとも書く。リング・モジュレーターの音は、じきに多くのクラブで聞こえるようになるだろうと予想し、スポットの効果音やジングルに向く機械だとまとめた。3

その予想に近い使い方が、日本にあった。現在SP-404MKIIの開発を率いるローランドのタケオ・シラト(Takeo Shirato)は、1999年、高校生のときにダンスホール・レゲエのイベントで初めてSPシリーズを見たと振り返る。Mighty Crownを中心に日本のレゲエが盛り上がっていた頃で、セレクターたちは曲の合間にSP-202や、のちには303でサイレンや銃声の音を鳴らし、客をあおっていた。バラエティ番組や舞台の効果音、ラジオのジングルにも使われ、単発の音を鳴らすサンプラーの標準になりつつあったという。本人は、これは日本に特有の使い方だったかもしれないと付け加えている。9

SP-303 — 評者は前ほど驚かなかった

2001年のSP-303を、カーターは再びSOSで評した。内蔵マイクと電池駆動はなくなったが、リサンプル、シーケンサー、26種のエフェクト、三つの操作つまみが加わった。エフェクトは一度に一つしか掛けられない。その代わり、エフェクトを掛けた音をリサンプルして別のパッドへ録れば、パッドごとに違う加工を持たせられる。複数のパッドを同時にリサンプルすれば、簡易な多重録音のようにまとめられるとも書く。ただしシーケンサーを走らせながらのリサンプルはできず、パターンはメトロノームに合わせて実時間で叩いて記録するしかなかった。8

結論は穏やかだ。3年前はSP-202に似た機械がほかに無かったが、今はKorgのElectribe-SやヤマハのSU200と競うので、前ほどは驚かないという。それでもローランドのデータ圧縮が音に独特のパンチを与える点は気に入っていると書き、手頃なフレーズ・サンプラーとして薦めた。8 2024年にMusicTechのステファン・ワイエス(Stefan Wyeth)も、SP-303は発売してすぐ当たった機械ではなかったと振り返る。音程を変えたときに出る劣化や揺らぎが、レコードの音をまねる圧縮効果と組み合わさって、この機械の音の一部になったという。10 前者は発売時の評価、後者は二十年余り後の評価である。

冒頭の講義に戻ると、マッドリブはこの機械の使い方を具体的に話している。SP-1200やMPCも使うが主にこれだと言い、どんなエフェクトを使うかと聞かれると、表示を見ながらフェイザー、トレモロ、ファズ、ワウ、テープ・エコーなど十余りの名を読み上げて笑いを誘い、主にワウだと答えた。シーケンサーを使うかと問われると、生で叩くこともあるし打ち込むこともあると答え、太鼓を録ってから次のトラックへ移ってベースを録る「human time」が好きで、コンピューターは使わないと話した。303と小さなデジタルの卓で録ったのかと確かめられて肯定し、未発表だったMadvillainの「America's Most Blunted」を流している。MadvillainはマッドリブとラッパーのMFドゥーム(MF DOOM)の組である。1

2023年、ウィル・ヘイグル(Will Hagle)はMadvillainyについての本で、関係者の証言からこの旅を再構成した。マッドリブはホテルの部屋にレコード・プレーヤーとSP-303を置き、毎日増えていくレコードの山から一人でビートを作り、ホテルにあったアナログのテープ・デッキへ録った。同行したDJのJ・ロック(J. Rocc)は、彼がホテルで60分のビート・テープを作り続けていたと回想する。持参したMadvillainの15曲入りのCDがインターネットへ流出したのも、この旅の間だった。11 講義は2002年当時の記録、レーベルの記述は2004年付のまとめ、ヘイグルの本は約20年後の聞き取りである。

同じレーベルのJ・ディラ(J Dilla)については、話が分かれる。ワイエスの記事は、友人のカリーム・リギンズ(Karriem Riggins)が、入院中のディラにStones Throwの仲間がSP-303と45回転のプレーヤーを持ってきて、それが『Donuts』の多くを生んだと語ったことを紹介する。一方で、2005年に出たSP-404をレーベル創設者のピーナッツ・バター・ウルフ(Peanut Butter Wolf)が贈ったという報道もあると記している。10 ローランドの製品史は『Donuts』をSP-303で作られた盤に数えている。4 ここではどちらかに決めない。

2005年、SP-404 — DJの補助と見られた箱

製品史によれば、SP-303と2002年のSP-505の後、SPの開発陣はローランドへ移り、2005年に最初のSP-404を出した。パッドは12個に増え、29種のエフェクトを複数のサンプルや外部入力へ掛けられた。2009年のSP-404SXでは、Lo-Fiモードが録音時間を延ばす機能からSP-303の音の性格をまねる機能へ変わった。これと他のエフェクトを掛けながらリサンプルする手順が、インストゥルメンタルのヒップホップの作り手に好まれ、彼らは自分たちの音楽をlo-fiと呼ぶようになったと製品史は書く。4 これはメーカーによる見立てである。

2025年、ローランドのアリ・ローゼンシャイン(Ari Rosenschein)による対談で、初代SP-404の設計者ケンジ・ヤマダ(Kenji Yamada)は、SP-404は303と同じ操作、同じ感覚で同じ演奏ができなければならなかったと語る。主な用途はサンプルの再生だと想像していたので、太鼓を叩くようにパッドを叩き、エフェクトを積極的に操る実時間の演奏には驚いたという。9

シラトは、2005年に初めてSP-404を知ったとき、世間はDJの補助の道具と見ていたと振り返る。2010年頃、日本の雑誌『remix』や『ele-king』がロサンゼルスのLow End TheoryやBrainfeederを取り上げ、SP-404を使うサミヤム(Samiyam)、ティーブス(Teebs)、ラス・G(Ras G)、トキモンスタ(TOKiMONSTA)を知った。Low End Theoryは年に一、二度日本を回っており、2012年に代官山UNITで見たラス・Gの演奏は、サン・ラの音楽から取った音を挟み込んだビートで、宇宙にいるように感じたという。9

MKII — 要望の一覧を仕様にする

2021年のSP-404MKIIは、利用者の声を集めるところから始まった。同年のローゼンシャインの記事で、2017年にローランドへ入ったシラトは、開発の初めに世界中のSPの利用者の投稿をほぼすべて読んだと話している。要望の一覧を作って分析し、製品企画担当のピーター・ブラウン(Peter Brown)と熱心な利用者へ直接話を聞いた(肩書きは2025年の対談による9)。ブラウンはSPの核を「Load or sample a sound, then play it back and resample it if you want.(音を読み込むか録り、鳴らし、望むならリサンプルする)」と要約し、機能を足しながらこの単純さを保つことが最大の課題だったと語る。12

具体的な設計には、利用者の手順がそのまま入っている。SP-404SXの後ろにSP-303をつなぎ、404でDJ用の効果を、303でVinyl Simと圧縮を掛ける人が多かったので、一台で最大四つのエフェクトを重ねられるBus FXを作った。二台のSP-404SXとDJミキサーで、曲を切り替えずにフェードでつなぐ日本のRAMZAとduennの演奏を見て、DJモードを思い付いた(この場面は2025年の対談でも語られている9)。SP-404SX/Aではパターンの再生をリサンプルできないという不満が多く、新しいサンプリングの仕組みを一から作り直したという。12

現行マニュアル(v5.50)の言葉で、この機械の仕事を確かめておく。サンプルは、録った音のデータと、ループや送り先のエフェクトなどの設定をひとまとめにしたもので、16個のパッドに割り当てて鳴らすか、パターンの部品にする。13 パターンは、複数のサンプルを選んだタイミングで鳴らすための、再生の順番の記録である。14 CHOPは、印を付けた位置で録音を分割し、それぞれを別のパッドへ割り当てる。15 スキップバック・サンプリングは、録音を始めていなくても、直前25秒(初期設定)に鳴っていた音をパッドに残せる機能で、即興でうまく弾けたフレーズを取っておくためと説明される。16 エフェクト一覧には、SP-303のVinyl Simを模した「303 VinylSim」があり、圧縮の感じ、ノイズ、レコードの回転の揺れを調整できる。17

SOS 2022年2月号のサイモン・シャーボーン(Simon Sherbourne)は、パッドが12から16へ増えたこと、印・音の立ち上がり・等分のいずれかで録音を切り分けられるようになったことを挙げた。常時録り続ける仕組みで直前25秒をパッドへ落とす機能は、自分でもずっと使っていたという。彼はこの機械を、DAW上で格子に整える作業より、リハーサルと実時間のリサンプルで曲を仕上げる、ときにいびつな結果になる閉じた世界だと評し、teenage engineeringのOP-1にたとえた。18 小さな機械でスケッチを曲の形にする話は、teenage engineeringの特集で扱っている。

ライブラリの曲とのあいだ

このライブラリには、サンプラーの資料に名前が出る作り手の曲がある。ただし、どの資料も曲とは結び付いていない。

ローランドの製品史は、SP-303の使い手としてフォー・テット(Four Tet)の名を挙げる。4 本人は2010年、Future Music誌に、ライブではドラムの単発音や808のキックを入れたSP-303を置き、Cool Edit Proを走らせるノートパソコンの音もそこへ通してエフェクトを掛けていると話した。19 2021年のSOSでギャヴィン・ハーリヒー(Gavin Herlihy)は、スタジオでのフォー・テットはハードもソフトもサンプラーを使わず、Ableton Liveの画面で音声を直接編集すると書いている。20 ライブの機材の話であり、ライブラリにある彼の曲の制作とは結べない。

モントリオールのプロデューサー、ギスラン・ポワリエ(Ghislain Poirier)は2006年、XLR8Rのマット・アープ(Matt Earp)に、数か月前にSP-303を買い、未発表のアンビエントやノイズ寄りの曲と、DJの際に人の手触りを足すための音に使っていると話した。21 ライブラリには彼のリミックスが三曲ある。そのうち2023年の「Koul Dan Mon Do」のポワリエ版の公式ページは、シンセとビートのプログラミングをSouleanceのフルジャンス(Fulgeance)に帰しており、機材は記していない。22

製品史はファットボーイ・スリム(Fatboy Slim)をSP-202の使い手に挙げる。4 ライブラリにある「Santa Cruz」は二十周年盤に入った延長版で、曲は1996年の『Better Living Through Chemistry』に収められていた。23 1998年のSP-202より前に出た曲である。ライブラリにあるほかの彼の曲についても、機材を語る資料は見ていない。

曲とのつながりは、作り方の側から読める。他人のアルバムの一部をループして歌を置いたデモが、元の作り手の新しいアルバムの出発点になった経緯や、共演者の吹き込んだ演奏を素材として刻んだ曲は、録音を材料にする特集にある。区間の選び方や並べ方の基本はサンプリングのガイドで説明している。

サンパウロのホテルから、二十数年後の更新へ

2025年の対談でシラトは、MKIIの発売後も大きな更新を重ね、Stones Throwなどの協力者と開発を進めていると話している。9 2002年にサンパウロのホテルで303の表示を読み上げていたプロデューサーのレーベルが、二十数年後、同じ系譜の機械の更新に関わっている。その機械の効果の一覧には、303の名を冠したVinyl Simが載っている。

出典・注

[1] Madlib (2002), Red Bull Music Academy、São Paulo 2002の講義記録。聞き手Eothen "Egon" Alapatt。当時の本人発言。ロサンゼルスからの紹介とLootpack『Soundpieces』がStones Throwでの最初の盤であることも同記録の聞き手の発言から。直接引用はここから。

[2] Photos: Making Madvillainy, Stones Throw、2004年3月1日付。旧サイトに掲載した写真をまとめ直した記事。ホテルで作った曲名と機材。

[3] Chris Carter, Boss Dr Sample SP202, Sound On Sound、1998年1月。発売時の評。

[4] Adam Douglas, A History of Roland Samplers, Roland Articles、2021年11月10日。メーカー公式の回顧。使い手の名は同記事の記述で、曲ごとの使用証明ではない。

[5] Paul Wiffen, Roland S-50 Sampling Keyboard, Sound On Sound、1986年12月(muzines.co.ukの再録)。発売時の評。

[6] Paul Ireson, Roland W30 Workstation, Sound On Sound、1989年6月(muzines.co.ukの再録)。発売時の評。

[7] Classic interview - The Prodigy's Liam Howlett, MusicRadar、2021年8月2日掲載。Future Music第4号(1992年)のDavid Robinsonによる取材の再録。デモの録り方とS1100への移行は記者の地の文。直接引用はここから。

[8] Chris Carter, Boss Dr Sample SP303, Sound On Sound、2001年8月。発売時の評。フレーズ・サンプラーの説明もここから。

[9] Ari Rosenschein, Roland Engineering: SP-404 Past, Present, and Future, Roland Articles、2025年4月2日。Kenji Yamada・Takeo Shiratoの対談。開発者の回想。

[10] Stefan Wyeth, How the SP-303 connects hip-hop's Holy Trinity: J Dilla, Madlib, and MF DOOM, MusicTech、2024年10月2日。後年の評価と、ディラの機材についての食い違う証言の紹介。

[11] Will Hagle, How a Stolen Disc Built the Legend of MF DOOM and Madlib's 'Madvillainy', The Ringer、2023年3月9日。33⅓叢書の同名書からの抜粋。関係者への後年の聞き取り。

[12] Ari Rosenschein, Roland Engineering: Designing the SP-404MKII, Roland Articles、2021年10月13日。Takeo ShiratoとPeter Brownへの取材。直接引用はここから。

[13] SP-404MK2 Reference Manual v5.50「What's a sample?」, Roland、2024年。

[14] 同「Combining samples to create a pattern (PATTERN SEQUENCER)」, Roland、2024年。

[15] 同「Using a marker to split and assign a sample to a pad (CHOP)」, Roland、2024年。

[16] 同「Sampling what you previously played (SKIP-BACK SAMPLING)」, Roland、2024年。

[17] 同「303 VinylSim」, Roland、2024年。

[18] Simon Sherbourne, Roland SP-404 MkII, Sound On Sound、2022年2月。発売後の評。記事はスキップバックを「Snapback」と呼ぶ。

[19] Classic interview: Four Tet, MusicRadar(Future Music)、2022年2月8日更新。2010年の取材の再録。ライブ機材の本人談。

[20] Gavin Herlihy, Four Tet / Kieran Hebden, Sound On Sound、2021年8月。スタジオでの制作方法。

[21] Matt Earp, Ghislain Poirier In The Studio, XLR8R、2006年3月16日。当時の本人談。ライブラリの曲の制作機材を示すものではない。

[22] Koul Dan Mon Do (Poirier Remix), Souleance公式Bandcamp。クレジット欄。機材の記載はない。

[23] Paul Sinclair, Fatboy Slim / Better Living Through Chemistry / 20th anniversary deluxe, SuperDeluxeEdition、2016年8月31日。原盤が1996年であることと、二十周年盤にSanta Cruz (Extended)が入ること。