流行を承知で、期待を裏返す
2011年10月に載った、ロンドンのファブリックでの二公演を前にしたFAULT Magazineの取材で、聞き手はニコラス・ジャー(Nicolas Jaar)に、あなたは「El Bandido」「Mi Mujer」「Time For Us」を市場向けに作った曲と呼んでいた、と投げかけた。1 ジャーは、三曲は市場を意識したもの、DJの世界でその時に何がかっこいいとされていたかを意識したものだと答えた。ディスコが戻ってきた、いまはディープハウスだ、と皆が話していたから、深い和音を入れ、ディスコのビートを入れて、流行と遊ぼうと考えたという。1 市場向けと呼ばれた曲で、彼は何をしようとしたのか。
作った本人の説明
同じ答えで、ジャーは続ける。けれども自分が歌うところは流行と何の関係もなく、終わりには遅くなって、始まりとは関係のないものになる。ヒットを裏返すのだ、と。興味があったのは、
"playing with the expectations and playing with trends"(期待と戯れ、流行と戯れること)1
であって、ただ売れる曲を作ることではなかったという。1 ただしこの説明は三曲をまとめて語ったもので、どの曲のどの箇所かは特定していない。「Time For Us」については、ヒット曲ではない、ポップとは関係がない、市場のための製造ではなく文脈と遊んだのだ、と別に述べている。1
その年の3月、Burning Ambulanceのフィル・フリーマン(Phil Freeman)は、ジャーを、ニューヨーク生まれでチリ育ちの21歳、ブラウン大学の学生と紹介し、自分のレーベルから初のアルバム『Space Is Only Noise』を出す準備中で、DJセットに混ぜる一曲ずつではなく通して聴かれる音へ向かっている、と書いた。2
ミックスの中の一曲
2010年7月に載ったJuno Dailyの取材でジャーは、17歳で出会ったブルックリンのレーベルWolf + Lambの面々が、「Time For Us」「El Bandido」「Mi Mujer」を気に入って出したと話している。3 現在の配信では、2010年1月25日付のシングルとして二曲が並ぶ。4
その年の6月26日付で出たクリス・ココ(Chris Coco)のミックス盤『Lazy Summer』では、「Mi Mujer」は5曲目に入った。5 ココはブライトン育ちで、80年代末のアシッド・ハウスの頃からDJを続け、BBC Radio 1の深夜番組「The Blue Room」に関わった。6 翌年、流行と遊んだと本人が語ることになる曲は、発売の年のうちに、他人の夏のミックスの一部になっていた。
他人の曲の側では、ジャーは同じFAULTの取材で、自分のエディットやリミックスは元の曲の部分をほとんど使わず、新しい曲を丸ごと作って声を上に置くと話している。1 彼のリミックスの一つ、カスパー・ビョーク(Kasper Bjørke)の「Heaven」は、曲を渡した側から読むエッセイで扱った。
出典・注
[1] FAULT contributor, NICOLAS JAAR, FAULT Magazine、2011年10月8日。三曲を市場向けと呼んだ聞き手の問いと、本人の回答(直接引用はここから)、エディットとリミックスの作り方についての回答。取材の場面は記事の前書き。
[2] Phil Freeman, Interview: Nicolas Jaar, Burning Ambulance、2011年3月4日。前書きの人物紹介(記者の地の文)。
[3] Helen Luu, Interview: Nicolas Jaar, Juno Daily、2010年7月13日。Wolf + Lambとの出会いと三曲の発売についての本人の回答、レーベルがブルックリンにあるという前書き(記者の地の文)。
[4] Time For Us - Single, Apple Music(米国)。2010年1月25日、℗ 2010 Other People。現在の配信の表示。
[5] Lazy Summer (Mixed by Chris Coco), Apple Music(米国)。2010年6月26日、℗ 2010 Energy Production S.R.L.。曲目は iTunes の公開検索データで確認(5曲目「Mi Mujer」)。
[6] Decoded Sundays presents Chris Coco, Decoded Magazine、2015年3月1日。前書きの人物紹介と問いの前提(記者の地の文)。