エッセイ ・ 約 2 分
メロディを付ける場所を選ぶ
一曲の中で、語る声と歌う声にどう時間を渡すか。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」についての宇崎竜童の回想は、作曲をその配分から考えさせる。
紙の上の言葉から、声の形式へ
2026年の婦人公論の取材で、宇崎はアルバムの曲を補うため阿木燿子へ頼むと、新聞のチラシ広告の裏に鉛筆で書いてきたのが、この曲だったと話している。1
紙に書かれた言葉だけでは、語るか歌うかまでは決まらない。
昔聴いた形式が、作曲の選択肢になる
宇崎が思い出したのは、小学生のころに聴いたカントリー&ウエスタンのトーキング・ブルースだった。本人は、語りから始まり、最後に人名だけへ旋律が付く形式と説明する。それを手掛かりに、この曲の大半を語りにし、曲名に当たる部分だけにメロディを付けたという。1
語りを経て歌う箇所へ移ると、声の音程を追う時間が際立つ。旋律を付けない時間も、歌う部分の輪郭を作る。
出典・注
[1] 宇崎竜童・聞き手 関容子, 婦人公論.jp インタビュー, 2026年5月4日。本人の曲成立と形式の回想。ここでのトーキング・ブルースの説明は本人が思い出した形式に限る。原録音とライブラリの『35周年ベスト』の同一性は未確認。