ハードドライブで寝かせた曲に、声が来る
アイルランド出身のマノ・ル・タフ(Mano Le Tough)は、この曲をスイスの自分のスタジオで作り始めた。そのあとしばらく、曲はハードドライブの中で「デジタルに発酵」していたという。可能性はあると分かっていたが、何かが足りない。それが何かは分からなかった。1
足りないものを持ってきたのは、ロンドンのクラブ fabric のレーベルだった。ペレル(Perel)と組んではどうかと提案され、出来上がった曲について彼はこう書いている。
"Perel nailed it—her vocals and atmospheric pads elevated the track to a higher level."(ペレルはぴたりと決めてくれた。彼女の声と、空気をつくるパッドが、曲を一段上へ引き上げた)1
仲人のシリーズ
2024年9月6日に fabric Originals から出たEPは、レーベルの新しいシリーズ「Future Memories」の2作目だった。レーベルの紹介文によれば、名の通ったプロデューサーと新しい才能を組ませ、世代をつなぐ曲を作る企画で、1作目は MJ Cole と K-LONE の組み合わせ。1 同じ頁でペレルは、この曲は fabric の「仲人」たちの仕事の成果で、彼らは人を組ませるのが生業らしい、と書いている。1
英国のレコード店 Juno のレビューは、この企画の説明に、新しい世代が古い考えを拒んだりしませんように、と茶々を入れる括弧を挟んだうえで、表題曲をプログレッシヴ・ハウスのシンセの8分音符に、目を見張ったような女声を乗せた曲と書いた。2
歌をやめた人の声
2018年、Telekom Electronic Beats のプロフィール記事でペレルは、バンドを離れ、Annek の名でソロに戻った頃の舞台を振り返っている。自分が歌い鍵盤を弾き、男の友人に舞台を手伝ってもらうと、終演後に客は彼のほうへ行って音楽の礼を言った。
"I was just a girl with a microphone"(わたしはマイクを持った女の子にすぎなかった)3
その経験で彼女は歌うことそのものから離れ、「女性的」な要素を削いだ硬いテクノとハウスに向かった。のちにそこからも離れ、ドイツ語の歌を乗せた曲をまとめたアルバム『Hermetica』を、DFA Records から出している。3 2022年の独 Groove 誌は、彼女のセットがしばしば風変わりな即興の歌で補われると書いた。4
マノ・ル・タフもまた、制作を始めてから歌うことを忘れ、2010年ごろに自分の声を取り戻した人だった(「In My Arms」の稿)。5 その彼が寝かせていた曲に最後に入ったのが、他人の声だったことになる。二人の経歴を並べた書き手の読みで、どちらもそう語ったわけではない。
スイスから海辺へ
Beatport の表示では 125 BPM、C マイナー、ジャンルは Indie Dance。6 曲の頁には、Beatport 自身の「Best New Indie Dance: September 2024」と「DanceFloor Essentials 2024: Indie Dance」の二つの選曲が並び、DJ たちが組んだチャート(2024年9月・10月・11月の月ごとのものや、年間のもの)にも入っている。6
翌2025年9月、ダブリンのバー Fidelity の取材で、ダブリン、ベルリン、メイレン、そしていまのグレイストーンズと住む場所を変えてきたことを聞かれた彼は、自分の音楽はいつもかなり自伝的で、人生のその時期と暮らした場所を映すと答えた。7 グレイストーンズは、少年の頃に育った海辺の村でもある。5 曲をハードドライブで寝かせていた頃の作業場は、スイスにあった。ペレルの言葉はその発酵の先を、短く言い切っている。ペレルはその発酵の行き着いた先を、二人で一緒に曲を作った、とだけ書いている。1
出典・注
[1] fabric Originals, Entertain Us, Bandcamp(レーベルの頁)、2024年9月6日。マノ・ル・タフの制作の話と引用、ペレルの「仲人」の話と結びの言葉、Future Memories の説明、発売日に使った。レーベルの紹介文で、二人の言葉はその中に載る。マノの段落には、fabric の提案で最初に思い浮かんだ曲として「Infinite Scroll」(同じEPの彼の単独曲)の名が出てくるが、書き違いか仮の題かは頁からは分からない。
[2] Juno Records, MANO LE TOUGH/PEREL - Entertain Us, Juno Records、12インチ(FRO 025)の頁のレビュー。企画への茶々と表題曲の描写に使った。販売店の頁の紹介で、署名は無い。ジャンルの欄は Progressive House、発売日は2024年9月3日と表示。
[3] Get To Know Perel, The Producer Bringing New Life To The German House Music Scene, Telekom Electronic Beats、2018年9月25日。ソロに戻った頃の舞台、引用、歌から離れたことと戻ったこと、DFA からのアルバムに使った。署名は頁に無い。
[4] Perel: Messages aus anderen Dimensionen, Groove、2022年5月10日。セットでの即興の歌についての記者の地の文に使った。
[5] Shawn Reynaldo, Bubblin' Up: Mano Le Tough, XLR8R、2011年12月5日。バンドで歌っていたが制作を始めて忘れ、前年に再開したという本人の話と、グレイストーンズで育ったことに使った。「2010年ごろ」は記事の日付と「Last year」からの読み。
[6] Beatport, Entertain Us (Original Mix), 曲のページの表示。BPM・キー・ジャンル、長さ5:58、レーベル fabric Records、発売9/6/24、「Appears On」の選曲とチャートに使った。Discogs の API で読んだ12インチ(release 31847072、FRO025)の登録では、スタイルが House・Techno・Breaks と分かれる。
[7] Jon Averill, Strong words with Mano Le Tough, Fidelity、2025年9月11日。住んだ土地と自伝的な音楽についての答えに使った。取材は9月10日で、この曲には触れていない。