美しさの中に、緊張を探す
デヴィッド・アクセルロッドの「The Human Abstract」について、Red Bull Music Academyのザイド・ムダファー(Zaid Mudhaffer)は、驚きや緊迫感、その底にある恐れを読み取っている。同じ記事には、アクセルロッドの音楽には美しさの中にも暴力の層がある、という、アクセルロッドと仕事をした音楽家キャノンボール・アダレイの言葉が引かれている。12 曲の印象を「美しい」で閉じず、その美しさと一緒に何が続いているかを探す。そこから、この曲の聴き方を広げられる。
詩を、響きへ移す
「The Human Abstract」を収める『Songs of Experience』は1969年のアルバム。再発レーベルNow-Againは、ウィリアム・ブレイクの詩の世界と、ロサンゼルスのオーケストラを結び付けた作品として紹介している。2 ブレイクは詩と絵を手掛けた英国の芸術家だ。1 文学がアルバムの背景にあると知ることで、曲名の意味に加えて、音楽がどんな心の状態を描けるかにも関心が向く。
前作『Song of Innocence』を扱う記事の箇所では、ブレイクをもとに「音の詩」を作りたかったというアクセルロッドの回想が、2001年のMojo誌から再録されている。1 「音の詩」という言葉からは、響きや曲の展開によって、言葉とは別の仕方で想像を動かす構想が浮かぶ。
詩に由来する曲を聴くとき、物語の場面を当てようとするだけでは、音の動きを取り逃がすことがある。穏やかな瞬間のあとに緊張が戻ると、先ほどの穏やかさまで違って感じられる。音楽には、後から来た出来事が、すでに聴いた部分の意味を変える時間がある。「音の詩」という考え方は、そうした移り変わりを追う入口になる。
印象を、二つ持っておく
本曲についてのムダファーの評を、アクセルロッドの音楽に向けられたアダレイの言葉と並べると、美しさと不穏さを一緒に考える視点が浮かぶ。1 ある響きに引き付けられたとき、曲全体の緊張まで消えたように感じるか。それとも、その響きに引き付けられながら、次に何か起こりそうな感覚が残るか。
次に「The Human Abstract」を聴くなら、心地よく感じる箇所と、落ち着かなく感じる箇所を、それぞれ覚えてみる。二つが同じ場所にあるのか、少し時間をずらして現れるのかを確かめると、「美しい」「不穏」という形容詞が、曲の時間を説明する言葉へ変わる。詩を音楽へ移す面白さも、その一つの意味に固定しにくい時間にあると考えられる。
出典・注
[1] Zaid Mudhaffer, Heavy Axe: A Guide to David Axelrod, Red Bull Music Academy Daily, 2014年1月。前作の構想、本曲の評、記事が再録するアダレイの一般評を分けて用いた。アダレイ発言の年は確認できない。
[2] Axelrod’s Songs of Experience: The Definitive Reissue, Now-Again, 2018-07-02。再発レーベルによるアルバム紹介。付属冊子の本文を読んだものではない。