マリの誰もが演奏する曲を、キューバの感触で
2010年11月1日、Afropop Worldwideで『AfroCubism』を評したバニング・エア(Banning Eyre)は、盤の6曲目「Jarabi」を、この盤に入ったよく知られたアフリカの曲の、とりわけの例に挙げた。
"more or less the “Take 5” of Malian bands—everyone plays it"(マリのバンドにとってのほぼ「テイク・ファイブ」、誰もが演奏する)1
エアは続けて、この曲と「Mariama」について、曲の作りはアフリカのものだが感触はここでもキューバ的だと書く。盤全体でアフリカ的なリズムの土台に落ち着くのは、バラフォンを前に出した「Dakan」だけだという。この盤は、マリの音楽家がキューバの音楽に入り込み、敬意を払う企画だというのが彼の見立てだ。1
12年遅れた顔合わせ
レーベルWorld Circuitの解説によれば、1996年、ハバナでキューバとマリの音楽家の共演を録る計画があったが、西アフリカの音楽家が来られず、代わりに録られたのが『Buena Vista Social Club』だった。レーベルのニック・ゴールド(Nick Gold)は2008年12月、ほぼ全員がそれぞれのバンドでスペインを回っていた時期に録音の機会を見つけ、ギターのジェリマディ・トゥンカラ(Djelimady Tounkara)だけをマリから呼んで、マドリードのSonolandスタジオに集めた。5日で17曲、全員が一つの部屋で演奏し、重ね録りは最小限。7か月後の2回目のセッションでさらに9曲を録り、14曲の盤になった。2
解説は、中心の三人をエリアデス・オチョア(Eliades Ochoa)、ンゴニのバセク・クヤテ(Bassekou Kouyaté)、トゥンカラとし、そこにオチョアのグループ、歌手カセ・マディ・ジャバテ(Kasse Mady Diabaté)、バラフォンのラサナ・ジャバテ(Lassana Diabaté)、コラのトゥマニ・ジャバテ(Toumani Diabaté)が加わると紹介する。カセ・マディは、キューバで8年間キューバの音楽家と活動した楽団ナショナル・バデマに、よりマリらしい音を与えるために迎えられた歌手だという。2
ラジオのキューバ音楽から
エアは同じ評で、この組み合わせが成り立つ理由の一つに歴史を挙げる。冷戦期にソ連寄りだった政権の下で、マリの一世代の音楽家がハバナへ訓練に送られた。トゥンカラは若いころラジオにかじりつき、独立直後のマリで定番だったキューバの曲に合わせて弾いていたという。1 盤は2010年秋に出て、Appleの表示では「Jarabi」は6曲目、5分57秒である。3
発売のころ、この曲は盤を紹介する側にも選ばれた。10月28日、ALARMのマイケル・ノレド(Michael Nolledo)は、世界の音楽を扱う週ごとの連載でこの盤を取り上げ、記事の冒頭に置いた音源が「Jarabi」だった。4 11月8日、NPRに載ったエアの紹介記事にも、「Djelimady Rumba」と並べてこの曲の音源が添えられている。5
出典・注
[1] Banning Eyre, AfroCubism, Afropop Worldwide、2010年11月1日。盤の評(評者の記述)。「Jarabi」「Mariama」「Dakan」への言及(直接引用はここから)、冷戦期の訓練とトゥンカラのラジオの話。
[2] AfroCubism, World Circuit公式、Biography。日付の表示なし(カセ・マディの没年2018年を含む現在の文面)。1996年の計画、2008年12月のマドリードでの録音、ゴールドの言葉、二回のセッションの曲数、各奏者の紹介。レーベル側の説明。どの曲がどちらのセッションの録音かは書かれていない。
[3] iTunes Search API: AfroCubism Jarabi, Apple。『Afrocubism』6曲目、357,413ミリ秒、曲の日付2010-10-11。
[4] Michael Nolledo, World in Stereo: AfroCubism, ALARM、2010年10月28日(ページには2017年4月23日の表示もある)。記事冒頭の音源の表示(「AfroCubism: “Jarabi”」、音源ファイル名 06-Jarabi)と盤の紹介。発売日を2010年11月2日と表記。
[5] Banning Eyre, AfroCubism: Giants At Play, United By Music, NPR、2010年11月8日。添えられた二つの音源(「Djelimady Rumba」「Jarabi」)。[1]と同じ評者の文章で、独立した評には数えない。