歌っていいのか、という録音
作った伊勢正三は、2024年2月に載ったぴあの連載で、イルカがこの曲を録音した日のことを振り返っている。イルカは、この曲がかぐや姫にとって人気のある歌だと知りすぎるほど知っていたので、カバーの話を持ちかけられたときには、かなり抵抗があったようだ。伊勢のほうは、大切な曲が世に出るきっかけになり、曲を知っているイルカに歌ってもらえるのが単純にうれしかった。レコーディングの現場でそれを直接伝えると、自分が歌っていいのかという彼女の抵抗感は吹っ切れたようだった、と伊勢は語っている。1
シングルにならなかった曲
伊勢の連載によれば、この曲はかぐや姫のアルバム『三階建の詩』(1974年3月)に入った一曲で、シングルではなかった。ステージでは歌っていて、ファンの間では人気があった。同じ頃に書いた「22才の別れ」も、地方のラジオ局や有線のチャートに入ることはあっても、ヒットには遠かった。そちらは1975年2月に風のデビュー・シングルとして出て、チャートの1位になった。1
イルカのカバーが出たのは1975年11月で、アルバムでの発表から1年以上たっていた。1 イルカと夫の神部和夫が組んでいたシュリークスは、かぐや姫とよく一緒になっていたので、その機微には誰よりも敏感だったと思う、と伊勢は語る。1
編曲と、ほかの版
シングルの編曲は松任谷正隆である。2 作編曲家の吉田哲人は2025年3月の音楽ナタリーの記事で、イントロのエレクトリック・ピアノのフレーズやテンション・コードが印象的なアレンジだと評している。2
この稿で扱うのは、表題に「シングルバージョン」と付いた版である。Appleのデータでは、『イルカ ベスト』の4曲目で約3分34秒。同じ題の曲には、「アルバム・バージョン」と表示された約3分22秒の版、2002年の約4分10秒の版、1976年の日付のライブ盤の約4分7秒の版もある。3
じわじわと
伊勢の記憶では、イルカのカバーはいきなり爆発的に売れたわけではなかった。
じわじわ売れていって、誰もが知っている曲になった。1
出典・注
[1] 伊勢正三, 伊勢正三 メロディーは海風に乗って(第6回)「なごり雪」と「22才の別れ」, ぴあ、2024年2月29日(取材・構成:谷岡正浩、L30)。伊勢の一人称の連載。アルバムの時期はL15、シングルではなかったことと「22才の別れ」の話はL20、カバーの時期とイルカの抵抗とシュリークスはL22、録音の現場はL23、売れ方はL24(直接引用はL24の二文目)。L18–19の詞と題の話は使っていない。
[2] 吉田哲人, イルカ「なごり雪」|作編曲家・吉田哲人が不朽の名曲を紐解く「イルカが歌うことでエバーグリーンになった」, 音楽ナタリー、2025年3月4日。ページにPR表記のある宣伝記事(L34)。使ったのは、クレジット欄の編曲・松任谷正隆(L52–54、掲げられた音源はシングルバージョン、L48)と、吉田のアレンジ評(L46の前半)だけ。
[3] iTunes Search: なごり雪 イルカ, Apple(日本)。『イルカ ベスト』4/16曲「なごり雪 (シングルバージョン)」214,493ミリ秒、日付欄2020-05-01。『こころね』1/15曲「なごり雪 (Version 2002)」250,293ミリ秒。『イルカ・ライヴ コンプリート』5/11曲、246,851ミリ秒、日付欄1976-06-10。アルバム・バージョンはiTunes Search: なごり雪 夢の人による。『イルカ アーカイブ Vol.1「イルカの世界」「夢の人」…』7/11曲「なごり雪 (アルバム・バージョン)」201,573ミリ秒、日付欄2013-07-03。どの原盤の版かは確かめていない。