Sofia Kourtesis
ベルリン拠点のペルー出身アーティスト。『Run』のリミキサー。
棚に出る曲
- Oi - Sofia Kourtesis Remix ▶
- La Perla - Edit ▶
- How Music Makes You Feel Better ▶
- Madres ▶
- Run feat. Andreya Triana - Sofia Kourtesis Remix ▶
- By Your Side ▶
- Merchants - Sofia Kourtesis Remix ▶
- Canela Pura ▶
- Los Poemas No Siempre Riman (DJ-Kicks) ▶
- Los Poemas No Siempre Riman (DJ-Kicks) - Mixed ▶
- Unidos ▶
点の履歴
対象: w098-p-sofia-kourtesis。棚に10曲、2023-03〜2026-04の間に途切れなく追加され続けている(本人の音源+3件のリミックス)。
年表(日付/出来事/出典 id)
- 出生〜17歳頃: ペルーの首都リマ出身。両親は共に活動家で、フジモリ政権下、家族は常に脅威を感じていたと語る。両親は後に離婚(
src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-djmag-interview)。 - 17歳の頃: 学校で女性とキスしたことが知られ退学、司祭のもとへ送られ、精神科医にもかけられた(本人はこれをペルーを離れた理由の一つに挙げる)(
src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-djmag-interview)。 - 17歳〜: ドイツへ移住。まずハンブルクへ(
src-d015-sk-nme-madres-interview)。 - ハンブルク・20代前半: 映画を学びながらインディー音楽ナイトを主催し、一時ドイツ語ヒップホップバンドをフロント(本人曰く「とても下手なラッパー」)(
src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-djmag-interview)。 - 2011年: 最初の楽曲制作を始める(
src-d015-sk-nme-madres-interview)。 - 2014年: 当時交際していたGold Pandaと共作曲『Las Magnolias』を発表(
src-d015-sk-djmag-interview)。 - その後: ベルリンに定住(現在まで拠点。公式Bandcampプロフィールも「Berlin, Germany」表示)(
src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-bandcamp-fresiamagdalena-about)。 - 2018年: コンピレーション『Studio Barnhus Volym 1』収録の『WinWin San』で重要な初期評価を得る(
src-d015-sk-djmag-interview)。 - 2019年: デビューEP『Sofia Kourtesis』。パンデミック期に「もっと正直な音を出そう」と決めたことが転機になったと振り返る(
src-d015-sk-djmag-interview)。 - 2020年: EP『Sarita Colonia』。The Observerの「One To Watch」に選ばれる(
src-d015-sk-bandcamp-estacionesperanza-about)。 - 2021年3月19日: EP『Fresia Magdalena』(Ninja Tune/Technicolour)。リード曲『La Perla』は白血病で亡くなった父への追悼曲と語る(本人はこの曲を聴くのが辛いと述べる)。リマの家族の住むマグダレナ地区で採ったフィールドレコーディングから制作を始めた(
src-d015-sk-bandcamp-fresiamagdalena-about)。 - 2021年: 父が白血病で他界。その数か月後、母ががんと診断され体調が急速に悪化(
src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-djmag-interview)。 - 同時期: 母の手術を引き受ける医師を探し、著名な脳神経外科医Peter VajkoczyにInstagram経由で本人が直接連絡。面会後、他の外科医が匙を投げた症例を彼が引き受ける(
src-d015-sk-nme-madres-interview)。手術は成功し、母は現在ベルリン近郊で暮らす(src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-djmag-interview)。 - 2022年1月18日: シングル『Estación Esperanza』(Manu Chaoを迎える)。本人にとってManu Chaoは幼少期からの「希望」の象徴と語る。ペルーの反ホモフォビア抗議のチャントをサンプル(
src-d015-sk-bandcamp-estacionesperanza-about)。この頃、Caribou(Dan Snaith)とBicepのツアーをサポート(src-d015-sk-nme-madres-interview)。 - 2023年3月14日: シングル『Madres』。「この曲を、母の希望となった医師Peter Vajkoczyに捧げたい」と本人が語る(
src-d015-sk-ninjatune-madres-release)。 - 2023年10月27日: デビューアルバム『Madres』。収録曲『Vajkoczy』は同医師に捧げられる。The Guardian「今年最高のダンスアルバムの一つ」、Pitchfork評(
src-d015-sk-nme-madres-interview/src-d015-sk-ninjatune-artist-bio)。 - 2025年8月1日: EP『Volver』。リード曲『Unidos』はDaphni(Dan Snaith)との初共作。ドイツとペルーの「双子の家」を行き来しながら母の介護を続け、医学の勉強も始めたと語られる。LGBT+コミュニティ、特にトランス女性への献辞(
src-d015-sk-ninjatune-volver-release)。 - 2026年3月頃: 『DJ-Kicks: Sofia Kourtesis』。母を亡くした深い悲しみと、ペルーに戻ることで音楽が少しずつ「強さ」として戻ってきた経緯を本人が語る(
src-d015-sk-bandcamp-djkicks-about)。
棚との重なり
棚の10曲は2023-03-08(Catching FliesのOiリミックス)〜2026-04-17(DaphniとのUnidos)に切れ目なく追加されている。つまり聞き手が最初に触れたのは『Madres』シングル発表とほぼ同時期で、以後はアルバム『Madres』本編、DJ-Kicksミックス収録曲まで、キャリアの「Ninja Tune期」をほぼリアルタイムで追ってきた形になる。棚には2011〜2020年の初期作(デビューEP、Sarita Colonia、Studio Barnhus期)は入っておらず、リマでの少女時代・ハンブルクでのラッパー時代・父の死・Gold Pandaとの共作は棚の並びだけでは見えてこない「まだ知らない過去」にあたる。一方で、棚の1061/1087番(Los Poemas No Siempre Riman、2026-02-16・04-13追加)はDJ-Kicksミックスの一部であり、母を亡くした直後の心境を反映した収録である可能性が高い(本文はミックス全体についての言及で、この曲個別の言及ではない)。
まだ分からないこと
- 母の死去の正確な時期・場所(ベルリンかペルーか)(lead)。
- 現在の常用スタジオ・録音機材(本人談での明示なし。ベルリンとペルーの「双子の家」としか語られない)(lead)。
- 2018年『WinWin San』(Studio Barnhus)と2019年デビューEPの発売元・契約関係の詳細(lead)。
本人・レーベルの言葉
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 『La Perla』は海を見つめることについての曲で、それは父の教え「海を見つめることは瞑想のようなもの」に由来する。白血病で父を失った時期に書いた曲だから、聴くのがつらいと語る。“This song is for him. It's hard for me to listen to La Perla”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 自分は曲をコラージュのようにとらえ、サンプルを前面に置いてその周りに音楽を組み立てるのだと語る。EP『Fresia Magdalena』はリマの母の住む地区で採集したフィールドレコーディングから作り始めた。“I look at songs like a collage”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 母Fresiaはマグダレナ地区の人々のためにずっと闘ってきた活動家で、このEPは母と各地の活動家への捧げ物だと語る。ミュージシャンには人々の声を届ける責任があるとも述べる。“Fresia is my mother's name”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 今年の自分のモットーは「完璧さより情熱を」で、ここ数年があまりに深刻で重たかったからだと語る。“less perfection, more corazón”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 自分の心はラテンアメリカだが、モーター(駆動部)はドイツ製だと語り、南米の情熱の歴史とベルリンのベースラインやビートを組み合わせているのだと説明する。“my heart is Latin American, but the motor is German”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 「自分はTresorに相応しいか、ラテンらしいか」と自問していたパンデミック前の時期を振り返り、最終的に自分の名義でいちばん正直な音を出すことを選んだと語る。ベルリンのテクノの重量級クラブTresorを、自分を測る内なる基準として名指ししている。“Am I Tresor enough? Am I Latin enough?”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 母を手術した医師Peter Vajkoczyを「この世のものではないUFO、天使のようだ」と形容し、彼自身が親をがんで亡くしたことが、他人の親の命を延ばすことを人生の目標にした理由ではと語る。“he's not human, he's like an angel”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — 母の介護は大変な仕事でも大きな喜びをもたらすと語り、幸せとは高級車やブランド品ではなく、母がアルバムを聴いてくれること、友人と過ごすこと、音楽をすることだと述べる。“Happiness for me is having my mom listening to the album”
- レーベルの紹介Ninja Tune(公式レーベル紹介文) — Ninja Tuneは『Madres』の核心を、母とその命を救った外科医をめぐる感動的な物語だったと紹介し、両親自身の活動に触発されたクィア・コミュニティへの一貫した献身も強調する。“the surgeon who saved her life”
- レビューThe Guardian / Pitchfork(Ninja Tune公式bio内引用) — 『Madres』はThe Guardianにより「今年最高のダンスアルバムの一つ」、Pitchforkにより「あらゆる冷たさを溶かし、自分が生きていることを思い出させる音楽」と評されたと、レーベル自身の紹介文が引用する。“reminds you of your aliveness”
- 本人の言葉本人 (Sofia Kourtesis) — DJ Kozeのミックスを不健康なほど繰り返し聴き、自分のDNAに刻まれていると語る。優れたDJ-Kicksミックスとは自分を見せびらかすものではなく、聴き手を旅に連れていくものだと学んだという。“it basically lives in my DNA now”
台帳の辺 29 件
| Oi - Sofia Kourtesis Remix (Edit) | remixed_by | 文脈として | |
| Run feat. Andreya Triana (Sofia Kourtesis Remix) | remixed_by | 文脈として | |
| has_property | ベルリン拠点のペルー出身アーティスト | 直接の根拠あり | |
| Merchants (Sofia Kourtesis Remix) | remixed_by | 直接の根拠あり | |
| has_property | 母Fresiaと各地の活動家への捧げ物として、EP『Fresia Magdalena』を制作したと語る。 | 直接の根拠あり | |
| Los Poemas No Siempre Riman (DJ-Kicks)(候補録音) | produced_by | 文脈として | |
| Los Poemas No Siempre Riman (DJ-Kicks)(候補録音) | composed_by | 文脈として | |
| Los Poemas No Siempre Riman (DJ-Kicks)(候補録音) | written_by | 文脈として | |
| active_in | リマ(ペルー) | 直接の根拠あり | |
| active_in | ハンブルク | 直接の根拠あり | |
| active_in | ベルリン | 直接の根拠あり | |
| has_property | 17歳の頃、学校で女性とキスしたことが知られ退学、司祭のもとに送られたことが、ペルーを離れた理由の一つだったと語る。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | 10代の頃、両性愛を理由に司祭や精神科医のもとへ送られ、いわゆる矯正治療を受けさせられたと語る。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | 両親は共にペルーで活動家であり、アルベルト・フジモリ政権下、家族は常に脅威を感じていたと語る。両親は後に離婚した。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | ドイツで映画を学びながらインディー音楽ナイトを主催し、一時ヒップホップバンドでラップを担当した(本人曰く「とても下手なラッパー」)。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | 2011年に最初の楽曲制作を始めたと語る。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | ゴールド・パンダ | 文脈として | |
| has_property | スタジオ・バーンフス | 文脈として | |
| has_property | 2019年のデビューEP『Sofia Kourtesis』発表後、パンデミック期に「もっと正直な音を出そう」と決めたことが転機だったと語る。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | 『La Perla』は白血病で亡くなった父への追悼曲であると、Bandcamp本文に本人の言葉として明記される。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | 2021年に父が白血病で他界した数か月後、母ががんと診断され、急速に体調が悪化したと報じられる。 | 文脈として | |
| has_property | ペーター・ヴァイコツィ(脳神経外科医) | 文脈として | |
| has_property | 手術は成功し、母は現在ベルリン近郊で暮らしている。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | ペーター・ヴァイコツィ(脳神経外科医) | 直接の根拠あり | |
| has_property | マヌ・チャオ | 直接の根拠あり | |
| has_property | Daphni | 直接の根拠あり | |
| has_property | 『Volver』の制作期、ドイツとペルーの「双子の家」を行き来し、母の介護を続けながら医学の勉強も始めたと語られる。 | 文脈として | |
| has_property | CaribouことDan Snaithとのツアーを「ライブ音楽の大学」と呼び、Bicepのツアーにも参加したと語る。 | 直接の根拠あり | |
| has_property | 2026年発表のDJ-Kicksミックスの紹介文で、母を亡くした深い悲しみと、ペルーへ戻ったことで音楽への気持ちが徐々に戻った経緯が本人の言葉として語られる。 | 直接の根拠あり |