売り出された一枚と、ただ在った一枚
ベースメント・ジャックス(Basement Jaxx)のフェリックス・バクストン(Felix Buxton)は2014年、PopMattersのエヴァン・ソーディ(Evan Sawdey)に、2009年の『Zephyr』は『Scars』と同じ時期に作った盤だと話した。所属のXLはほとんど関心を示さなかった。二人は、CDを少しプレスして手に入る状態にできればよいとし、新しい方向だと売り込むこともしなかったという。その盤について彼は "It just kind of … existed."(ただ、なんとなく存在していた)と言う。1 同じ2009年、『Scars』からはサム・スパロウ(Sam Sparro)を迎えた「Feelings Gone」が、二枚目のシングルとして送り出されている。2 同じ時期に作られた二枚のうち、『Scars』からは曲がシングルとして次々に送り出され、『Zephyr』は告知されないまま出た。「Walking In The Clouds」は、その後者に収まっている。
迷いから、明るさへ
ベースメント・ジャックスは、ブリクストンのバクストンとサイモン・ラトクリフ(Simon Ratcliffe)の二人組だ。34 Drowned in Soundのニール・アッシュマン(Neil Ashman)によれば、『Scars』に至るまでの二人は、私生活でも音楽でも変化が重なり、少し迷っていたと語っていた。暗く切り詰めた音を試したあと、年明けになって前向きな方向へ切り替え、そのきっかけにディジー・ラスカルとアーマンド・ヴァン・ヘルデンの「Bonkers」を聴いたことを挙げたという。3 2010年1月の取材でもバクストンは、アルバムに取りかかった頃はダブステップのほかに新しい音楽が見当たらず、どこへ向かうのか分からなかったと振り返っている。4
二つの聴こえ方
スパロウを、Stereogumのブランドン・ストーシー(Brandon Stosuy)は「Black and Gold」で知られるオーストラリア出身のソウルフルな歌い手と紹介した。2 アッシュマンは「Feelings Gone」を、感傷的なストリングスのサンプルを滴らせた、贅沢なアップテンポのバラードと書き、スパロウの歌を意外なほど心を動かすと評した。そのうえで、この盤が陰りのある出発点を捨て切っていないことを示す、序盤から中盤の三曲の一曲目に置いている。3 一方、PopMattersのソーディは同じ曲を、轟くようなグリッツ・ロックのシングルと呼んだ。5
アッシュマンが陰りの側に数えた曲を、ソーディは派手な側で聴いた。
ソーディの『Scars』評には、もう一つ目を引く指摘がある。かつてジャックスの特徴だった曲間の短い間奏がこの盤には一つもなく、息をつく場所がないまま曲が続く、という。5
息継ぎの行き先
Pitchforkのジェス・ハーヴェル(Jess Harvell)は2010年1月、『Scars』はもともと二枚組の予定で、『Zephyr』は捨てられたと思われていた二枚目だと書いた。33分のシンセの揺らぎ、民族音楽風の模作、ソフトロック調の演奏から成る盤の、いちばん良い部分を、ハーヴェルはKLFの『Chill Out』をハイパー・ポップにしたものになぞらえている。6 バクストン自身も、二枚組にしたい気持ちが強かったと認めている。二枚組は自分たちを真面目に捉え過ぎたバンドのやることだと笑いつつ、ちょうど真面目に向き合いたい時期で、サウンドスケープのような音を作るのはいつも楽しいと語った。そちらの面を好むと伝えてくれる人もいたので、全部をその音で作ろうと考えたという。1
間奏を持たない一枚と、音の風景を集めた10曲33分の一枚。7 二つを並べると、『Scars』から抜けた息継ぎが、同じ時期のもう一枚にまとまったように見える。これは発売の経緯から引く読みで、本人がそう説明したわけではない。3分39秒の「Walking In The Clouds」は、その静かな側の中ほど、5曲目に置かれている。7
空港とバー
告知されなかった盤は、思わぬところで聴かれていた。バクストンは、イビサの空港でニューヨークのルイ・ヴェガ(Louie Vega)に会い、iPodであのアルバムをいつも聴いていると言われたこと、日本のバーで流れているのを耳にし、とても良く鳴っていたことを話している。ソーディは、この盤が日本のアルバム・チャートで236位に入ったと書き添えている。1
出典・注
[1] Evan Sawdey, Power to the People: An Interview with Basement Jaxx, PopMatters、2014年10月29日。『Zephyr』の制作時期・発売の経緯・その後の反応についての本人談と、記者によるチャート記載。直接引用はこの取材から。
[2] Brandon Stosuy, New Basement Jaxx (Feat. Sam Sparro) – “Feelings Gone”, Stereogum、2009年7月27日。『Scars』からの二枚目のシングルとしての紹介と、スパロウの紹介。
[3] Neil Ashman, Album Review: Basement Jaxx – Scars, Drowned in Sound、2009年9月25日。盤全体の評と「Feelings Gone」の段落。制作前後の経緯は評者による二人の発言の要約。
[4] John Bohannon, Gimme Somethin’ True: An Interview with Basement Jaxx, PopMatters、2010年1月18日。『Scars』期のバクストンの回想。
[5] Evan Sawdey, Basement Jaxx: Scars, PopMatters、2009年9月20日。盤全体の評。間奏の不在と「Feelings Gone」への言及。
[6] Jess Harvell, Basement Jaxx: Zephyr EP, Pitchfork、2010年1月22日。『Zephyr』全体の評。個別曲「Walking In The Clouds」への言及はない。
[7] Zephyr — Basement Jaxx, Apple Music(米国)。2009年12月7日、10曲33分、XL Recordingsの表示と曲目・曲の長さ。