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2023年3月7日 追加

プカプカ

ザ・ディラン II / 男らしいってわかるかい ▶ Spotify

エッセイ ・ 約 2 分

作者の歌っていない、最初の版

2022年1月、Rolling Stone Japanに載った田家秀樹と中部博の対話で、田家はザ・ディランⅡの「プカプカ」のアナログ・シングルを紹介した。1971年7月発売で、作った西岡恭蔵は参加しておらず、大塚まさじが歌っている、と。中部はそのアナログ盤を、取材を始めてから初めて聴いたと話している。中部は評伝『プカプカ 西岡恭蔵伝』の著者で、この対話もその本をめぐるものだった。1

B面から深夜放送へ

評伝の刊行を伝えた2021年11月のNEWSポストセブン(週刊ポスト)の記事によれば、この曲はもともと1971年のシングル『男らしいってわかるかい』のB面だった。関西を中心にラジオの深夜放送でじわじわ人気が広がり、時代を象徴するヒットになった。最初に歌ったのは大阪のザ・ディランⅡの大塚まさじと永井ようで、まもなく作者の西岡自身も歌うようになった、と記事は書く。2 同じ記事で中部は、この歌のモデルがジャズ・シンガーの安田南であることは西岡自身がライブのステージで語っている、と話している。2

Appleのデータでも、この稿で扱う版は『男らしいってわかるかい』の2曲目で、約3分42秒、日付欄は1971年7月である。3

一年ほどのあいだに三つの形

TAP the POPの佐藤剛は、コラムでその後を追っている。ザ・ディランⅡのデビュー・アルバム『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』がURCから出たとき、B面の1曲目には「プカプカ(みなみの不演不唱)」という題で入った。「不演不唱」には「ぶるうす」とルビがふられていた。歌は大塚で、作者として記された象狂象は西岡のペンネームだった。同じ年の7月25日には、グループを離れた西岡が最初のアルバム『ディランにて』で自らこの曲を歌い、題からは副題が消えていた。4

Appleの日付欄では、ザ・ディランⅡのアルバムは1972年4月、『ディランにて』は1972年7月25日。アルバムの版は約5分35秒、西岡の版は約3分48秒と、シングルとは長さが違う。3 副題のない短いシングル、副題の付いた長いアルバム、副題の消えた作者の版。この稿の版は、その最初にあたる。

持っていないかもしれない盤

同じ対話で田家は、中部が取材を始めてから初めて聴いたというこの盤を、歌った大塚本人も持っていないかもしれない、と言い、中部もそうかもしれないと応じた。1 田家は続けて、大塚がFM COCOLOでも長くレギュラーを務めていたことにふれ、そんな話をいつか聞いてみたい、と話している。1

出典・注

[1] Rolling Stone Japan 編集部, 西岡恭蔵の軌跡、『プカプカ 西岡恭蔵伝』著者・中部博とたどる, Rolling Stone Japan、2022年1月20日(2ページ目)。田家秀樹と中部博の対話の採録。シングルの紹介はL34、中部が初めて聴いた話はL35、大塚が持っていないかもしれないという問答はL36–37、FM COCOLOの話はL38。L39–41の中部の曲の読みは詞に関わるので使っていない。

[2] 名曲『プカプカ』の謎が明かされる 西岡恭蔵「50年目の真実」, NEWSポストセブン(週刊ポスト)、2021年11月9日。B面と深夜放送はL33、最初に歌った二人と西岡はL35、評伝の刊行はL37–39、中部の話はL42–43。L34・L44の詞の内容に触れた部分は使っていない。

[3] iTunes Search: プカプカ ディラン, Apple(日本)。ザ・ディランⅡ『男らしいってわかるかい - Single』2/2曲「プカプカ」222,147ミリ秒、日付欄1971-07-01。ザ・ディランⅡ『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』6/10曲「プカプカ(みなみの不演不唱)」334,773ミリ秒、日付欄1972-04-10。西岡恭蔵『ディランにて』9/12曲「プカプカ」228,000ミリ秒、日付欄1972-07-25。

[4] 佐藤剛, 「プカプカ」のモデルとなったのは激動の時代を駆け抜けたジャズ・シンガーの安田南だった, TAP the POP、2026年4月2日(2016年2月20日公開のコラムの再掲、L117)。アルバムと副題とルビはL99–101、歌い手とペンネームはL102、西岡の最初のアルバムはL104–105。

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