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特集 ・ 約 13 分

シンセと鍵盤

指先の先で、何が音になるのか

黒と白の鍵盤を見ても、その楽器が音を生む方法はまだ分からない。金属を打つ鍵盤もあれば、発振する回路を動かす鍵盤、録音を呼び出す鍵盤もある。楽器の姿より一歩内側へ入り、指の動きが何を動かすのかをたどると、同じ演奏の形に異なる作り方が見えてくる。

持ち運ぶために、小さくしたピアノ

Rhodesの公式史が紹介するハロルド・ローズ(Harold Rhodes)の出発点は、第二次大戦中、負傷した軍人の病床で使う小さな楽器だ。負傷した軍人のそばへ普通のピアノを運ぶのは難しい。そこで余ったアルミニウム管を使い、木琴に似た、膝へ載せられる楽器を作ったという。1

この出発点には、楽器を演奏する人の近くへ持っていくという具体的な課題がある。病床の脇に置くものと、部屋に据えたピアノでは、必要な大きさが違う。持ち運べるという性質は、完成した楽器に後から付け加える便利さだけでなく、最初の形を考える条件になっていた。

戦後の1946年に作ったPre-Pianoは、38鍵の鍵盤と木製の上部を持ち、アンプを内蔵していたと公式史は記す。1 膝に載せるものから、鍵盤と増幅の仕組みを一台にまとめるものへ、演奏のために渡す形が変わった。小さい楽器を考える際にも、音が出る部品だけで完成するのではなく、手が触れる配置や、周りへ音を届ける方法を一緒に決める必要がある。音を生むところと演奏する人の間に、楽器の形を作る仕事があった。

金属が振動し、電気信号になる

物理的なRhodesでは、鍵を押すと先端がゴムのハンマーが細い金属のタインを打つ。タインはトーンバーと結び付き、響きが続く時間を伸ばす。一音ごとのピックアップがその振動を電気信号へ変える。RhodesのV8マニュアルは、元になる電気ピアノの仕組みをこの順序で説明する。2

Rhodesの機能模式図
図1 Rhodesの機能を示す模式図。

『Gemini II』の盤クレジットには、ハロルド・マッキニー(Harold McKinney)の電気ピアノと、ダリル・ディブカ(Daryl Dybka)のMini Moogが別々に載る。Planet Eは元の盤を1974年の作品として紹介している。3 同じ録音の参加楽器として、電気ピアノとシンセサイザーを分けて記している例だ。

電気ピアノの型番は記されていないが、二人の担当は別々に載る。鍵盤という外形で一つに括らず、音を生む楽器の違いから編成を読む手掛かりになる。

同じシリーズの、二つの発音体

鍵盤とピアノという名前を持っていても、内側の違いは大きい。ヤマハが1976年に出したCPシリーズの公式史では、CP-70とCP-30が対照的に紹介される。CP-70はハンマーで張られた弦を打ち、ピックアップで電気信号を取り出す。CP-30はアナログの音源で発音する電子ピアノだった。4

CP-70は、弦を打つというピアノの基本構造を残しながら、電気ギターやベースと同じバンドの中で使えるように音を増幅する設計だ。一方CP-30には、立ち上がりと減衰を同時に調整するつまみがあり、二つの音源系統で減衰を独立して変えられた。公式史は、一方を立ち上がり、もう一方を音の持続に使うような音作りもできたと説明する。4

取扱説明書の呼び名も違い、CP-70はElectric Grand、CP-30はElectronic Pianoと記されたという。4 この二つを同じ『ピアノの音』という目的だけで並べると、何を演奏者へ渡したのかが見えにくい。弦を打つ構造を舞台へ持っていく方向と、立ち上がりや減衰を操作できる音源を持っていく方向が、一つのシリーズに並んでいた。片方がもう片方の技術的な途中段階なのではなく、同時期に異なる設計を提示している。

同じ名前にも、手に返る違いがある

鍵盤奏者で執筆者のジュリアン・コルベック(Julian Colbeck)は、2022年のReverbの記事で、1973年に買ったStage 73を気に入っていた一方、重さや整備の負担などから1983年には手放したと振り返る。さらに、ツアーで弾いたマイケル・マクドナルド(Michael McDonald)のRhodesは、新しいものとは違う鍵盤の感触だったと書いている。5

同じ記事でコルベックは、1980年代半ばにポリフォニック・シンセや録音を使うデジタル・ピアノが広まり、Rhodesの音もプリセットとして選べるようになったと記す。5 一台の重い楽器を運ぶことと、別の楽器でその音色を選ぶことが分かれていった。ただし、マクドナルドの楽器で感じた鍵盤の違いは、音色名だけでは運べない。音を再現する方法が増えた時代を、楽器を弾き、運んだ著者の経験から読める。

コルベックは、交換用のタインが比較的手に入り、修理を担う人もいて、古いRhodesを使い続けられた時期を記している。5 発音体が一音ごとの金属片であることは、傷んだ箇所を取り替える仕事にもつながる。重さや整備を理由に一台を手放す経験の隣に、部品と修理の人手によって楽器を保つ仕事があった。

音の流れと、動かす信号

シンセサイザーの基本を説明するRolandの『Synthesizer 101』では、発振器から出た音がフィルターを通り、音量を整える段階へ進む。6

発振器からフィルターと音量調整を経て出力へ進み、別経路で鍵盤が制御する図
図2 減算方式のシンセを簡略化した一例。赤い実線は音声、黒い点線は制御。すべての鍵盤楽器やシンセの構成を示す図ではない。

Moogの基礎説明では、エンベロープは、発音から、鍵を離した後の減衰まで、時間に沿って変わる制御信号を作る。制御信号に応じて音量を変える増幅器(VCA)が、その信号を受け取る。7 音そのものが通る道と、その道の働き方を動かすものを分けると、図の矢印を読みやすくなる。

打つ鍵盤と、信号を開く鍵盤

金属を使う鍵盤楽器でも、毎回その金属を打つとは限らない。鈴木楽器のM-soloマニュアルは、B-3タイプのモデルになったトーンホイール・オルガンを説明している。歯車状の円盤をモーターで回転させ、ピックアップ・コイルとの距離の変化から電気信号を得る方式だ。8

その発振音は、一つの鍵へ九種類の倍音として振り分けられる。鍵を押すと複数の接点が開閉して音声信号を送り、ドローバーで各倍音の音量を調整する。8 Rhodesでは鍵がハンマーを動かすが、ここでは回転している発音体の信号を鍵が開く。指を下ろすという似た動作が、音の生まれ方に対して別の位置にある。

同じマニュアルは、接点ごとのタイミングのずれや、発振している信号を突然つなぐことで起きるノイズも説明し、M-soloではその特徴を再現すると記す。8 M-soloの中に実際の歯車が並ぶという説明ではない。再現する対象には整った音色だけでなく、鍵を押して信号がつながる瞬間の振る舞いも含まれる。

ギターの六本から、鍵盤の六声へ

Rolandの開発者取材には、鍵盤を付ける前の構想が鍵盤楽器の形を決めた例がある。松井氏(Matsui)は、ギターの音程をMIDIへ変え、アナログの音源を制御するGR-700を開発していたと回想する。開発用の音色調整器に鍵盤を付ければシンセになるという話からJX-3Pが生まれ、ギターの六本の弦に由来して六声の構成になったという。9

取材では、開発が先だったGR-700より、JX-3Pの発売が先になったことも確認される。構想が生まれた順序と、完成品が人の手へ渡る順序は同じではない。鍵盤で同時にいくつの音を扱えるかという仕様の背景に、別の演奏方法を受け止める仕事があった。

同じ取材で井土氏(Izuchi)は、JUNOの価格を下げるために発振器一つの設計を選び、厚みを作る方法としてコーラスなどを取り入れたと説明する。9

さらに松井氏は、JX-3Pの発振器がデジタル制御で安定した音程を得ながら、細かな調整にアナログ制御を組み合わせたと説明する。9 デジタルという言葉が付いても、録音を再生する音源になったわけではない。音程の制御と音声の回路を分けると、この共存する設計を読める。

削る方法だけで、音作りは尽くせない

発振器の音をフィルターへ送る図は、減算方式を考えるためのものだ。ヤマハのFM音源解説では、別の波形による速い変調で波形の形を変え、多様な音を作る方法が説明されている。変調を受ける側をキャリア、かける側をモジュレーターと呼ぶ。10

この解説で興味深いのは、変調する側の強さを時間とともに変えると、音の立ち上がりに金属的な要素を持たせ、その後を穏やかにしていけるという説明だ。10 音色を一つ決めて終わるのでなく、一音の途中に異なる性格を置ける。音色の設計には、何を鳴らすかと同時に、鳴り始めから終わりまでをどう変えるかという時間がある。

公式解説は、ゆっくり音程を上下させるビブラートから話を始める。低周波の発振器で揺らす速さを上げ、元の音に近い、あるいはそれ以上の周波数で変調すると、波形そのものが変わると説明する。10 音程の揺れを追える速さと、音色の変化になる速さが、この説明の橋渡しだ。

さらに解説は、元の波形の十倍の周波数で変調する例を示す。大きな波の中へ細かなうねりを作り、高い周波数の倍音要素が金属的な性格を生むという。10 十倍という数は機種の固定設定ではなく、変調の速さを変えたときに何が起きるかを説明する例だ。Rhodesの金属を打つ仕組みへ戻るのではなく、波形の動かし方から金属的な要素に近付く。

録音を、楽器の材料にする

カシオのPCM音源史は、録音を忠実に再生する機器の技術と、電子楽器で使う技術の目的を分けて説明する。波形をデジタルデータとしてメモリへ蓄え、その音を鍵盤で扱うためには、音程を変え、持続する部分をループする技術も必要だった。11

これによって、録音を最初から最後まで一度流すことと、録音を発音の材料として使うことが別の仕事だと分かる。サンプリングの基礎はガイドへ。

同じ公式史は、単に波形を再生するだけでは、ピアノの演奏によって変わる響きを表し切れないとも説明する。11 押した速さやペダル、複数の音の共鳴が演奏に関わるからだ。録音を使う音源にも、どのような演奏の変化を再現するかという設計がある。音色数の多さとは違うところで、弾き方と鳴り方を結び付ける仕事が続く。

鍵盤が送るのは、音とは限らない

MIDI Associationの解説は、MIDIを演奏の指示を伝える仕組みとして説明する。どの音を、どれくらいの長さで、どんな音量で演奏するかといった情報があり、その情報を受けた機器によって結果が変わる。12

鍵盤を押す動作があるだけでは、その場で音声を作っているのか、別の音源へ情報を送っているのかは分からない。MIDIのデータは録音された波形とは違うので、一つの音を直すことも、全体を違う調へ移すこともできると公式解説は述べる。12 演奏の指示を扱う仕事と、鳴った音を録る仕事では、後から動かせる部分が違う。

この指示には、今まさに演奏する機器同士でやり取りするものと、後の再生のためにファイルへ記録するものがある。公式解説は、接続とメッセージの規格の後に、Standard MIDI Fileが作られたと説明する。12 ケーブルを通る演奏と、後から開くファイルに共通するのは、完成した音声ではなく演奏の記述だ。音源を後で選び直す余地はここにある。

舞台で使う人から、操作を考え直す

ヤマハの2019年のCP88とCP73を紹介する開発史にも、奏者が何を求めるかを調べた経緯が記されている。新しいCPを担当した開発側のプロデューサーは、自身がステージ・ピアノ奏者ではなかったため、ライブ会場へ通い、奏者の話を聞いた。13

そこで、多くの人がピアノとして使い、設定をあまり変えていないことに気付いたという。また、鍵盤の感触を重視する人と、持ち運びやすさを優先する人がいた。公式史は、この違いから、一方ではグランド・ピアノに近い感触と鍵数、もう一方では軽いタッチと少ない鍵数が求められたと説明する。13

操作部も検討された。アコースティック・ピアノ、電気ピアノ、弦楽器などを選ぶところを分け、舞台で違う音色を選んでしまうことを防ごうとした。ボタンから切替スイッチへ変更したり、楽器に合う調整項目を近くへまとめたりする試行が紹介されている。13

軽くする際には、筐体にも課題があった。公式史は、アルミニウムを選ぶと平らな面の剛性が足りず、ケースの設計者と構造を検討したと説明する。さらに薄い筐体へ収めるため、アナログ基板を操作パネルと平行ではなく直角に置いた。13 指先が触れる面の下でも、運ぶための形と回路の配置を両立させる工夫が必要だった。

同じ開発史では、CP88とCP73のために、電気ピアノを中心とする音のサンプルをすべて録り直したとも記される。13 筐体や操作だけでなく、再生する録音も新たに作っていた。

2013年、鍵とつまみを手で扱う

ニルス・フラーム(Nils Frahm)は、サイ・トラス(Si Truss)による2013年の取材で、ライブの楽器を紹介している。少し改造したアップライト・ピアノ、ディレイ・ペダルにつないだFender Rhodes、テープ・ディレイにつないだJUNO-60、さらにグランド・ピアノという組み合わせだ。14

この時点でフラームは、ループ・ステーションを入れると、できることが増え過ぎて自分には混乱を招くと話した。つまみを手で回し、鍵を適切に打ち、シンセの接続を変える。その身体的な関与を、当時のソロ・セットで好んでいたという。14 同じ取材で、限られた楽器の新しい使い方を探し、飽きたら他の音楽家との協働へ進めるとも話している。

ここに並ぶ鍵盤楽器は、同じ音色を選ぶための代用品の一覧ではない。ピアノとRhodesとシンセを置き、それぞれへ手を伸ばす。音源の種類だけでなく、接続されたディレイや、手で変える操作が舞台の構成に入っている。演奏する旋律だけを取り出すのでなく、その旋律を鳴らしながら何を動かすかまでがセットになる。

多くの可能性を開くことと、その場で自分が扱いたい可能性を選ぶことは違う。フラームの発言は、機能の不足を嘆く話より、身体が引き受ける仕事を選ぶ話として読める。音楽のための制約は、楽器の設計者だけが決めるものではない。演奏者もまた、何を組み合わせ、どの操作を手元へ残すかによって、自分の演奏の形を作っている。

2021年、音源を移しても鍵盤を残す

デクラン・マグリン(Declan McGlynn)による2021年のDJ Mag取材では、別の問題が語られる。フラームの自作オルガンは音が小さく、フェスティバル会場でマイクを使うのが難しかった。静かな場所を探しても、PAの低音は建物を通り、その場所へ来た人の気配まで拾ってしまう。そこでスタジオでオルガンをサンプリングし、Kontaktの楽器にしたという。15

さらに、毎回まったく同じサンプルだけになるようにはせず、違いのある音も録ったと説明する。操作に使ったのはオルガンと同じ鍵盤で、指の感触もあまり違わなかったという。15 録音へ移したのはオルガンの音であって、前の取材にあるRhodesやJUNO-60をすべて置き換えたという話ではない。

この選択で変わったのは、舞台で小さな音をマイクに拾わせる方法だ。一方、フラームは手に触れる鍵盤を残した。楽器をまるごと一つの単位として置き換えるのでなく、収音の条件と演奏の手触りを分けて組み直している。音を出す場所と、演奏を入力する場所が離れたときにも、残せる身体の関係がある。

2013年は操作を身体で引き受けること、2021年は収音の難しさを解くことが語られた。鍵盤の外見を離れて音源と操作をたどると、舞台で何を残し、何を変えるかという選択が具体的になる。

出典・注

[1] The History of Rhodes, Rhodes公式史。

[2] Rhodes V8 Owner's Manual, p.7。V8マニュアル中の実機の発音説明を参照。

[3] Marcus Belgrave — Gemini II, Planet E。盤全体の参加者クレジット。

[4] CP Series — Forerunner of Yamaha Stage Pianos & Analog Synthesizers, ヤマハ公式史。

[5] Julian Colbeck, Rhodes Taken: The Many Comebacks of the Rhodes Piano, Reverb、2022年4月13日。著者自身の経験を含む記事。

[6] Synthesizer 101, Roland、2006年4月、印刷pp.5–6。SH-201はアナログ・モデリングの機種。

[7] Synthesis 101: An Introduction to Subtractive Synthesis, Moog Music。

[8] M-solo 付録・用語説明, 鈴木楽器。モデルとなったトーンホイール方式と、その特徴の再現を分けた説明。

[9] Roland Boutique — Interview 2, Roland開発者取材。

[10] How FM Tone Generation Works, ヤマハ公式解説。

[11] PCM音源/SK-1開発の裏側, カシオ公式。

[12] About MIDI — Part 1: Overview, MIDI Association。

[13] Chapter 6: A New Chapter for Yamaha Synthesizers, ヤマハ公式史、The Stage Piano Reinvented節。

[14] Si Truss, Nils Frahm talks Spaces, synths, improvisation and production, MusicRadar、2013年11月4日。

[15] Declan McGlynn, How I Play Live: Nils Frahm, DJ Mag、2021年1月11日。